5月5日の五月晴れ。
黄金週間?
んなものなァ、オレ達球児には関係ない週間。
今日も今日とて、練習終って、こうして猪里と帰ってる。
オレが買い物に付き合わせた所為で、いつもと違う道だったりするんだけど。







一番星をみつけて







   

日差しはもうすっかり夏のソレ。
練習してても、喉が乾いてしょうがなかった。
自販機でポカリのボトル買ってぐびぐび飲みながら歩いてると、
ふっと傍の猪里の気配が消えた。
振り返ってみると、物欲し気な顔をしてどこかの店先で立ち止まったままだ。
こういう事は、猪里と歩いてるとしょっちゅうだ。
さっきはレストランのショーウィンドウの前で"本日のディナーこどもの日特別メニュー"に釘付けだったし。
おいおい、今度は和菓子屋かよ?

「猪里」
「あ、うん?」
「何?かしわもち?」
和菓子屋の店先には「柏餅」の幟がはためいてる。
ショーケースの中には、柏餅とかちまきとか並んでて、美味そうだ。
買ってやりたいのは山々だけど、金欠なんだよな……オレ。

「見てん?!一個250円ばい?!」
「そだNa」
「こげんこまか柏餅が?!」
「ココわりと高そうな店Jaん?しゃーねーYo」
猪里は未練を残しつつショーケースから離れた。
「スーパーで売っとるとでよかたい」

「虎鉄はやっぱぃ、こし餡好いとーちゃろ?」
「おう、ぜんざいより汁粉だかんNa、やっぱこし餡のが好きだZe?」
「ふーん」
「猪里は?」
「俺は……んー……どっちも捨て難いっちゃん!」

そんな他愛も無い話しながら、ドサクサ紛れに猪里の部屋へ直行だ。
目的は?と問われりゃ、古文の課題見せて貰うため、っていうのが1割で、
あとの9割は…………ま、そういうコト。

猪里の部屋のドアには、ク○ネコの不在票が挟まってた。
「あちゃ、実家からたい……時間帯、夜にしてっていっつも言っとっとに……」

猪里が電話すると、すぐ持って来るという返事だった。
セクハラしながら(部室じゃしたくても出来ねーし)着替えたけど、
何が届くのか、気もそぞろみたいで、
いつもは喰らう裏拳も喰らわずにすんだ……得した気分v


ピンポ~ン♪

お待ちかねの荷物は、案外早く来た。

一緒に出ようとすると、猪里はうんざりしたように睨んだ。
「ついてくんな。狭か!」
「ク○ネコのオッサンが猪里見て欲情するかもしんないSi」
「するか、ヴォケ」

オッサンじゃなくて、まだニーサンだったけど、
受け取りの印鑑押す猪里のうなじに見蕩れてたみたい。
そう猪里に言うと、
「世の中の男じぇーんぶ俺に気のあるごた言い方、止めてくれんね」
って気持ち悪そうな顔で言われた。
いや、アレは絶対見てたって。
気を付けるようNi、って注意を促してはみたものの、まるで可愛そうなヒトを見るような目で返された。
わかってないなー、何かあってからじゃ遅いんだぜ?
だいたい、猪里は、
って?アレ?
何だよ、さっそく戻って荷解きしてるじゃねーか。早ぇな。

クール宅急便で届くなんて、アイスかな?そうだったら嬉しいな、なんて思いながら、
箱を覗き込むと、巨大なタッパの中に手作りらしき柏餅がぎっしり並んでた。
「わー柏餅たい!虎鉄!」
「Wow、いっぱいあるNa!」
「まだ凍っとるばい。チンして食おー」
自然解凍という選択肢は端から無いらしく、
いつだって腹ペコなマイハニーは、早くも電子レンジの残り時間の表示とにらめっこ。
お茶をいれるためのお湯も沸かし始めて、Let's enjoy oyatsu time ! ってとこかなー♪


チーン♪

「ほれ」
猪里は、一つ寄越してくれた。
一度に沢山解凍すると時間がかかるから、二個だけ解凍したらしい。
空かさず次を投入してる……そこら辺は抜かりが無いですね、猪里チャン。

「いただきま~Su」
さっそく柏の葉をめくって食らい付く。
すごく美味しい。
「ウマいNaー……お、こし餡だZe。ラッキー♪」
「ばあちゃんの手作りやけんね」

「なんで男の節句に柏餅食うんだRo?」
思ったことを考え無しに言ってしまうのは、オレの悪い癖だったり。
「ああ、じいちゃんに聞いたことあるよ……
 柏の葉はな、新しい芽の出てから、古い葉の落ちるらしか。
 やけん、子孫繁栄の意味の込められとる……らしか」
「Heー」
田舎の家族に想いを馳せてるのか、
それとも、子孫繁栄なんて言っちゃった所為か、猪里はちょっとブルー入ってしまったみたいだ。
長い睫毛の先が、憂いをのせて下向いた。
オレ達じゃ子孫繁栄は望めそうもないからな……

「オレの親父三男Yo?」
「ん?」
「この前Sa、従兄の兄ちゃんに子供産まれたんDa……伯父さんにとって初孫ってヤツ?」
「うん……?」
「で、オフクロは兄貴二人いてSa」
「……お前、何が言いたいと?」
「……オレ、いちおう長男だったりするけDo、別に絶えてもいい家なんDa」
猪里は、びっくりしたようにオレを見た。
「そげんこつ、言うもんやなか」
「…………」
「絶えていい家げな、なかと」
口の端に付いたあんこを指で拭って、毅然と言った。
「……そうだよNa」
「そうたい」

軽はずみな事言うんじゃなかった。
猪里はこういうことにすごく真面目なんだ。

前に猪里の実家で、中学の時の文集読んだけど、
(許可も無しに読むな!って怒られて、肝心の猪里の文は読めなかった)
クラスでアンケートやったらしくて、"金持ちになりそう1位"とかあって、
オレなら差し詰めこの"将来はスター☆"1位かなー?なんて見ていったら、
猪里もランクインされてた……"良き家庭人になりそう"1位猪里猛臣って。
猪里の元級友達、よくわかってらっしゃる。
2-Cでこれと同じようなアンケート募っても、同じ結果が出るとは思うけどね。

チーン♪
ピー♪

第二弾が解けるのと、お湯が湧いたのが同時で、猪里は急いで立った。
少しホッとするオレ。
でも、この減らず口は黙ってない……嗚呼。

「それなら、養子っていう手もあるSi」
二個目を差し出されたけど、断って、いれてくれたお茶を啜った。
「はあ?」
「オレか猪里が"外で"作るっていう手もあるYo」
「そとォ?」
「うN、外、OUTってことDa」
「……なんかなし、お前の言いたいことは分かったばってん……」
「Oh!わかってくれTa?……アッ、でも猪里は、」
他の女とねんごろな猪里が頭を過って、スゲェ気分悪くなった……!
「なん?」
「猪里は、無理しなくていいYo、ぜんぜん無理しなくて良いかRa!てか、ソレ考えるだけでオレ気ぃ狂いそうDa!」
「ソレって何ね?自分で言っとっいてからくさ、何言いよっと」
猪里は柏餅に齧りつきながら笑った。
「それに、そげんとフェミニストのお前らしゅーなかね……腹借りるだけげな」
「SoSo!自分でもしっくり来ねーと思ったんだYo!」
「きさん、アホっちゃろ……俺、真面目に答えて損したばい」
「ちぇ、いいYoもう、オレ子供嫌いだSi……」


泊まりたかったけど、今日は帰れって言われた。
とぼとぼ家に帰り着いて、自分の部屋に上がろうとしたら、
オフクロに呼び止められた。
「大河、柏餅あるよー?」
「もう食っTa」
「猪里くん家で?」
普段着で帰って来た息子に、どこに寄ったかお見通しってワケだ。
「美味しいよ?」
「今、いらNeー」

部屋に鞄を投げ出し、ベッドに倒れ込むと、思い出したくない事思い出した。
古文の課題……やべぇ……

どうしよ……

Ahー……なんか眠くなってきた……し。


♪♪~
Oh、猪里からのメールだ。タイミング良いな。
くさった気分が一瞬で晴れたぜ、ハニーv

受信:[英語の課題やった?]
送信:[いまからやるよ]

メールはまどろっこしいのか、猪里は電話をかけて来た。
「今からやると?」
「おうYo」
「英語で日記書くげな、出来るワケなかとー!」
たぶん半泣きだ。
「そうKa?」
「なあ、お前何書くと?」
「うーN……部活ばっかやってたしNa……猪里ん家でかしわ餅食って美味しかったことでも書くYo」
返事しながら、頭の中で書いてみる。"I ate handmade kashiwamochi at my honey's house……
「……そう……」
「そんで、プロポーズしたら喜んでOKしてくれたって書くYo」
"Then I proposed to him.……"
「ば、ばか!」
"Please attend the our wedding. "
「先生も結婚式には出席してくだSaいって……よし、出来Ta!」
「出来たんかい!」
「おうYo、後は提出するだけだZe」
「ウソこくんやなか」
「猪里チャン、マジな話 Give and take ってことにしNaい?」
「ぎぶあんどていくゥ?」
思いっくそ日本語英語なのが可愛いよなv
「So、オレ古文やってないかRa」
「おし、まかせりー!」
「じゃ、今から行ってもEー?」
「うー……しょんなかね……」
「やっTaー!」

階段を下りて、リビングにいるオフクロに声をかける。
「今日猪里ん家泊まるかRa、メシいらねーYo」
「またァ?じゃ、コレ持って行きなさい。柏餅だけど」
差し出された紙袋を見ると、猪里が見てた店のものだった。
「ココのって高いんだRo?」
「そうらしいわね……頂き物だけど、猪里くん食べるわよね?」
「アイツは何でも食うZe」


着替えや部活道具を持つと結構な荷物になった。(殆ど置き勉だから、そうでもないか)
自転車で行こうかな。ちょっと遠いけど。

ハンドルに柏餅が入った紙袋を下げると、
ふんわり柏の葉が香った。

猪里のばあちゃんの柏餅は、そりゃ最高だったけど、
食い物に目がない猪里のことだ。きっとこれも喜んでくれる筈。

自転車を漕ぐと、夕暮れの五月の風が気持ちいい。

そういや、オレのアルバムにも初節句の写真あったよな……
まだ自力で座れなかった赤ん坊のオレは、腹這いで写真に収まってた。
傍らには、祖父が買ってくれたとか言ってた武者人形も写ってた。
次の年も次の次の年も、その顔が恐いってオレが泣くもんだから、いつの間にか出さなくなったって、親父がいつか言ってたっけ。
その祖父も、もういない。
ちょっと神妙な気分になったりして。
けど、家のこととか長男だからとか、今はあんまし考えないよ。
薄情かもしんないけどさ、
オレまだ16だし。

猪里は……、
いろいろ考えて悩んでるの、オレは知ってる。
知ってるんだったら、尚更、
実家からの嬉しい届け物まで、しんみり食べさせちゃいけないよな……

思わず溜め息が出そうになって、
口笛を吹く。

「♪~~~」

出て来たのは、いつか猪里と聴いた曲のメロディだった。


後ろめたい気持ちにさせることは、これからもあるかもしれない。
でも、
淋しい思いはさせないよ。


ペダルを踏んで、夕空を仰ぐ。


『君の溜め息をも、口笛に変えられますように』


一番星にそう願って、

あ、願い事するのは流れ星か、
ま、いいや、
願ったモン勝ちってことで……


『君の唯一でいられますように』



会いに行くよ、


待っていて。












よりぬきお題さん。'05.5.10初出