「相合い傘かYo。やるNeぇ……長戸クン」
猪里の机に頬杖をついて、窓外を見遣る、
虎鉄のつま先と目先が逆方向を向いている。
柔らかな体躯には、こんな捻りきった体勢は苦ではないらしい。
「幸せそうやね」







春の日、風が吹いたら 2







「……さっきのSa……猪里は落ちたじゃねーKa」
虎鉄は、遠ざかる傘を見つめながら言った。
「なん?いきなり」
「落ちてないなんて言ったRa、怒るかRa」
その拗ねたような声と横顔に、猪里は胸の奥がちくりとする。
「俺はあげなセリフで落ちたんやないけん」
「そりゃ、そうだRo」
虎鉄は上体を教室内へ向け戻す。
こっち側の横顔も好きだなと思ってしまう自分に、猪里は少し恥ずかしくなる。
「……だったRa、どこらへんに落ちたんだYo?」
「言わん」
「聞かせてYo」
「やけん、言わん」
机一つ分空けた距離。
視線が絡まるほどに気持ちは縺れていく。
「聞かせTe」
虎鉄は何時も猪里の心の内を吐かせようとする。
「……お前は、しゃーしいったい!ラーメン5杯に増やしちゃーぞ!」
「ヒッデェ扱いだNa。カワイSoー……オレ」
虎鉄は吊り目を丸くして嘆く。
「ヤキモチも焼いてくれないShi」
そんなものは焼きすぎて灰となり粉々になって消し飛んだのだ、
こんな風の強い日は、消し飛ばすにはうってつけの日なのだと猪里は思う。

雨はもう上がるだろう。
教室の後ろの隅で、時々吹き抜ける風を受けながら、
猪里はこの話を切り上げて帰りたい。
苦手なのだ。
こんな話も。言わせようとする虎鉄も。

「……ところ」
猪里の呟きは机上に落ちた。

「え?なNi?」
「……野球がんばっとうところ」
すらすらと口に出せない猪里は、小出しにせざるを得ない。
「それだKe?」
「それだけって……充分やろが」
「まだあるよNe?」
「あるけど、言わん」
「言ってほしいのにNa~……?」
顔を覗き込まれて、腹を括った。
「はぁ……」
大きく息を吐く。
虎鉄には失望のため息に感じられたが、
吐き出すほどに息を整えることになる。
これは、今の猪里にとって必要な、深呼吸だ。

「お前とおると……安心すると」
「……安心?」

「あの1年ごた入部できる奴とできらん奴って分別されとったら、
 思って……俺、怖なって、
 お前が大丈夫言って……おかしなことまで言い出して……」

「HaHa~N、GET YOU の?」

「そうたい。なんやそれ聞いたら、すーっと楽になった……
 気に病むことげな、なーんも無いって。
 お前の言うとおりたい。
 今ここでしかっと野球出来とるんやけん、なんも心配いらんっち思えたんばい」

「オレ、猪里を安心させたんDa?」

「そうたい……さっきのだけやなくて……今までもいろいろと」

「SoーなんDa?」

「うん……気持ちがすとんって落ち着くっち言うか……」

「Na、安心する相手とは一緒にいたいって思うもんだよNa?」

「そうやね」

「ずっと一緒にいたいって思うよNe?」

「……うん」

「てコトWa……?」

「ん?」

「なんだかんDaで、オレのコト、大好きなんじゃねーNo?猪里?」

「……ん?」

「だよNe?」

「なんかなし、誘導尋問にはまってしもうたごたるけど……」

「けDo?」

「……そうやね……そうなんやろ」

恥ずかしそうに白状され、
虎鉄はすっと手を伸ばし、猪里の柔らかい髪を梳くように撫でた。

「なんね、お前は」
白状させられ、猪里は少し面白くない。

「カワEーかRa」

「かわいい言うな」

「オレもだかRa。猪里といると……心やすらぐ……ってカンジ?」

手を頬から顎に滑らし、少し持ち上げてみる。
教室なのに、いつもならキッと睨んでくる猪里がそうしない。
それどころか、榛色の瞳が揺らいで、
寄る辺なさげな唇は、待っている。

誰もいない教室。
したいことは一致しているけれど、
誰かが廊下を通りかかるかもしれない。

春荒れの強い風が教室を吹き抜ける。
虎鉄は猪里の後ろに泳いだカーテンの端を掴んで、
すばやく背中に回して、逆の手に持ち替えた。
白い布に二人して包まれ、
その早業に、猪里は一瞬目を丸くする。

「オレも好き。大好Ki」

待っている唇に口づけた。

カーテンは湿った埃の匂いがした。












よりぬきお題さん。