「いーのりっ!メシ食おーZe!」
「うん!」
纏わりつく視線
やって来ました、屋上に。
今日は2月にしては暖かいから、教室を抜け出したのさ。
二人っきりにもなれるしな♡
屋上の合鍵は、牛尾サンの邸宅情報と交換に、我らが愛すべき梅星嬢から借りたんだぜ。
アイツ、こんなモン勝手に作りやがって、大丈夫かよ?
ま、ありがたく使わせて貰うけどな。
コンクリートに直に座ると、やっぱ冷たい。
けど、風もないし、
冬の柔らかな日差しが降り注いで、気持ちいい。
「Eー天気だNa」
「ばってん、今日いっぱいやね、たぶん」
グラウンドを背にして壁にもたれ掛かると、
猪里はさっそく自分の弁当を開いた。
朝練終わった時と、3時間目と4時間目の間におにぎり食ってたはずだから、
今日これで3度目、いや、朝飯入れると、4度目の食事だな。
オレが弁当を開くと、猪里は目をキラキラさせて覗き込んできた。
「うわ、巻き寿司やん!旨そう!」
「Ah、残りモンかYo。テンション下がるZe」
何たること。
弁当箱には、飯が足らなかったのかちょっぴり細めな、しかし堂々たる太巻きがでん!と3本並んでた。
「残りモン悪ぅないやん。俺の弁当げな、いっつも残りモンたい」
「Haha、ゴメン、そうだよNa」
猪里は一人暮らししてるのに、大体いつも弁当持ちだ。
朝眠い時もあるけど、無駄遣いしてると新しいスパイクやグラブなんかも買えなくなるから、
って言ってたのを聞いたことある。
「昨日節分だったかRa、晩飯にオフクロが作ったんだYo。
具が余ったとか言ってたかRa、朝また作ったんだRo」
一緒に食べる相手が猪里とは言え、少し恥ずかしくて、太巻き3本弁当に至るまでの経緯を語ってみたり。
「へ?節分に巻き寿司食うとや?」
「今年の恵方ってのがあってNa、
その方角向いて太巻きを丸かぶりするんだとYo、
そしたら……なんだっKe?……健康ですごせRu?
ま、そういうコトらしいZe。オレも昨日やらされたけDo」
「へえ、そうなん!やけん、切ってないっちゃね?」
「ち、弁当なんだかRa、切ってくれYo」
ったく、教室で食べなくて正解だったぜ。
結局オレは、2本食ったところで挫折した。
「もー食えNeー」
「食の細か男たい」
「だってコレ、食っても食っても同じ味しかしねーMon、飽きるっTe!」
「はは、そうやね」
「食う?」
弁当箱を差し出す。
「うん!」
よく食べますね、猪里ちゃん。
「そーDa、どうせ食べるんなRa、西南西の方向いて食べてみRu?」
「西南西?どっちかいな?」
立ち上がった時、ドアが開いて、
どやどやと同じクラスの男が3人上がって来た。
昼飯は食ったらしく、手ぶらだ。
おいおい、合鍵の恩恵に預かるのは、オレたちだけじゃねーのかよ。
「おう、虎鉄と猪里じゃん。鍵開けたのお前ら?」
「開いてたZe」
「な?だから、時々開いてるって言っただろ」
次からは、コッチ側からしっかり鍵かけとこ。
「二人でメシ食ってんの?お前らほんと仲いいなー」
オレと一緒にいるのが女の子なら、気を利かして帰るんだろうけど、
猪里だから帰りそうにない。
オレと猪里のこと、コイツら知らないし。
梅星と長戸だけだから……知ってるのは。
「猪里の弁当、すげー!そのまま食うの?」
「虎鉄にもろーたとよ」
「あ、節分だろ?」
「Na、西南西の方角ってどっちYo?」
あっちでもない、こっちでもない、
おまえそれ北だよ絶対、とか、
誰もGPSケータイ持ってねーのかよ、とか、
あ、俺のじいちゃんの家、あっこらへん!とか、男5人でカンカンガクガク。
それでも、たぶんコッチだろってことになって、猪里も納得。
「こっちやね」
体育座りになって。
「遠慮なく、いただくばい」
にこっと笑ってかぶりついた。
可愛いな……でも、そこはかとなくイヤーな予感がするのは……気のせいか?
オレが猪里の隣に座ると、3人も加わってがやがやと車座になった。
これからがお楽しみタイムだってのに!
チクショー、豆があったら撒きたい気分だぜ。
「おばさん、味付け上手かね」
猪里は美味しそうに太巻きにかぶりついてる。
「そうKa?」
「ぅ、ぐ、」
「ほら、慌てて食うかRa」
オレは、猪里の水筒からお茶を注いで持たせた。
「あ、ありがと……丸かぶりがよかっちいうけん……」
むせた所為か、涙目になってる。
……カワEー♡
なんて見てたら、一人がトンでもないコト言い出した。
「……メシ食った後ってさ、なんかこう……ムラムラしねぇ?」
心無しか、コイツは猪里を見ながら言ってる気がする。
「おう、そう言われてみればするよな。なんでだろーな?」
コイツも猪里を見てる。
「食欲が充たされると、アッチもってこと?」
だんだんと聞き捨てならねーことになってきた。
「なんだYo、お前ら、タマってんのかYo」
「虎鉄はさ、モテるから不自由しないだろーけどさ」
「そうそう」
「部活忙しくて女どころじゃねーYo」
「猪里は……」
オイ、猪里に振んなよ!
「なん?さっきから、ちかっぱぃ見られとぅ気のするっちゃけど……
あ、コレ欲しかと?」
猪里、違うんだよ、コイツらは……
「なんかさ、」
「男にしては、」
「「「……可愛いよな……」」」
ハモるんじゃねー!
やっぱコイツら、太巻きくわえた猪里に欲情してやがるッ!
イヤな予感的中……!
「俺、かわゆーなか」
「色白くてさ、目もおっきくて可愛いよ」
うんうんと頷く童貞(たぶん)ヤローども、いい加減にしろよ。
そんな盛った目でオレの猪里を見んじゃねえ!
「猪里、美味い?」
「ばり美味かよー」
口の端に付いたおべんとはご愛嬌、
飢えた男3人にチラチラとヤラしい目で見られてるっていうのに、
猪里は無防備に丸かぶりしてる。
ぽってりした唇でガッツリ咥え込んで……ああ。
こんな顔見ていいのは、オレだけなのにッ!
出来る事なら、取り上げてしまいてぇ!
でも、
それは無理なんだ……オレは身に沁みてわかってるんだ……
猪里から食いモン取り上げるなんて、考えただけでも恐ろしいっつーの!
それならば……
「やっぱ、食いにくそーだNa。切ってやろっKa?」
「は?なして?丸かぶりがよかっちゃろ?」
「いいかRa!切ってやるYo。猪里のナイフ貸してYo」
猪里は、果物の皮むき用に小さなナイフを持ってるんだ。
一度風紀検査でひっかかったけど、素行が良い猪里は『なるべく持って来るなよ(笑)』の一言で返して貰えた。
オレだったら、さんざ絞られてるところだぜ。
「切らんでよかっていいよると。ナイフも今持ってなかよ?鞄ん中たい」
「…………あっSo」
がくり。
「お前らなになにー?」
「虎鉄、すげー甲斐甲斐しいのな。」
「お茶入れたり、切ってやる、とか」
「まるで新婚サンみたいだな。」
「ばッ、なしてコイツと結婚せんばいかんと!」
Oh、Honey、そりゃないぜ!
うーし、こうなったら、エロ分子を排除してやる。
「Na、日曜の練習試合だけDo、」
あからさま過ぎだけど、背に腹は代えられねー。
「ああ、どこやったかいな?」
「猪里、猪里、こっち向いて!」
ハァ?
「なん?」
カシャ!
テメ、なんつーことしやがるッ!
オレだって、この顔写メに撮ってオカズにしたいっての!
「あ、なん撮っとっと?!」
「とっとっと?」
「なに撮ってるの?ってゆー意味たい///」
「ははっ、九州弁おもしれーな」
「あー、失敗。ブレてら」
ザマーミロ。
「ああ、旨かったばい!虎鉄ごちそーさん」
「……どういたしましTe」
食ってたの、たった数分だと思うけど、すげぇ長く感じた!
ったく、鈍い恋人持つと心労が絶えないぜ……
「猪里、うまかった?」
「さっきから、なん?やっぱぃ食べたかったと?」
猪里はお茶を飲みながらニコニコ笑ってる……そんな笑顔も見せないで欲しいのに。
「いや、そうじゃないけど」
「もっと欲しい?」
おい、お前!エロいこと言わせよーとしてるだろ!
猪里、黙っ
「うん、欲しかぁ」
ち!
「欲しかぁ、だって!九州弁いいなー」
「俺も言われてみてーなー!」
オレなんか、オレなんか、実際言われたことあるもんね!
モチ、食いモンなんかじゃねーぜ!
「へ?言われてみたい、と?」
「あ、気にしなくていいよ」
猪里は不思議そうな顔してる。
お前ら、せいぜい今考えてる事猪里に悟られねーよーにしろよ。
こんな可憐な顔して、スゲェ拳持ってっからな。
どうなったって知らねーからな!
ボコられずに済んだその内の一人が、暢気にコソコソ話しかけて来た。
「お前さ、猪里といてヘンな気分になったりしねーの?」
とっくの昔からなってるって。
けど、正直に話すと猪里怒るから……
「He?別に」
「ああ、虎鉄はそっか、不自由してねーもんな」
「だかRa、なんでSoーなるんだYo。カノジョなんていねーYo」
不本意ながら、そういうコトにしといてやるよ。
「へぇ、意外だなー」
キーンコーンカーンコーン……
「あ、次、英語だっけ?」
「おう」
「やべ、俺あてられるんだよ」
どやどやと邪魔しに来て、どやどやと去って行った。
フゥ、なんかスゲー疲れた……
「虎鉄、俺らも行こ?」
「N、ちょっと待っTe」
立ち上がりかけた猪里の腕を掴み、引き寄せる。
すとんと腕の中に収まった体を抱き締めて。
本当は、こういうことして過ごしたかった昼休みなのに。
「俺もあてられるとよ。忘れとったとー」
「オレが教えてやるYo」
頬にキスして、囁く。
「……オレだけの猪里だよNe」
僅かに肩が揺れる。
「……どうしたと?」
「答えてYo」
オレはいつもいつも返事を求めて。
「そうたい」
猪里はいつも照れながら、でも、ちゃんと答えてくれる。
「へへ、」
「なん?」
「何でもねーYo」
「さっきの奴らも、なんやおかしかったし……」
まさか、ヤロー共からエロい目で見られてたんだぜなんて、
2-Cの平和の為にも、オレの為にも言えないし。
なして早ぅ教えてくれんやったと!って怒るに決まってる。
「気のせいだYo」
弁当箱を拾い上げ、ささやかなランデヴーはお終い。
ドアに鍵かけるのを忘れずに。
「今日、泊まってもEー?」
「……よかっちゃけど」
「晩飯さ、オレ太巻きつくるYo」
「へ?どういう風の吹き回しね?」
「一緒に食べYo?」
で、写メに撮るんダ……コレ彼氏の特権ネ♡
「お前、飽きたんやなかったとね?」
「ぜーんZen!」
「ばってん、あれは具ばちまちま作らんばやけん、手巻き寿司のほうがよかっちゃないと?」
「Oh、手巻きかKa!たしかにそっちのが楽しそうだNa!」
「具は、お前買ってくるっちゃろ?」
「おぅ、まかせときNa」
「あ、海苔も要るっちゃよ?」
「へーい」
オレサイズの手巻きを作って食べさせるんだ♡
……でもよ、
撮るのは無理っぽいよな……
食わせるのは、簡単。これはホント簡単。
それに比べて撮るのは……すげぇ難しいかも。
オレっていろいろ前科があるから、猪里疑いの眼で見るんだよな……
この前も、寝顔こっそり撮って保存してたの、バレて消されたばっかだし。
あれは、よく撮れてたんだけどな……惜しいことしたぜ。
「なして、食うとこば撮らんばいかんと?」って聞かれたら、何て答えればいい?
「カワEーかRa」
…………これって、反対に怒られるし。
……うーん……
キーンコーンカーンコーン……
「虎鉄、本鈴っちゃよ!」
「おー」
「早ぅ!教えてくれるっちゃろ?」
さて、英語の時間使って、ゆっくり考えるとしますか。
よりぬきお題さん。('05.2.3初出)
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恵方巻です……
当時、恵方巻をナニに例えるっていうのが、
ちょっとばかし流行ったような気がします……
が、定かではありません。
昔過ぎてよく覚えてないです。すみません。
虎猪をモブ男君たちを絡ませるのは、初めてで、
楽しく書けた記憶があります。
虎鉄の焦燥、書くの楽しかった!