「きっさん!!」

狼藉者を部屋の隅に追い込み、顎にアッパーを一発くれてやった。
効いたのか効かなかったのか、よくわからない。
けれど、手応えは充分だった。
其奴は、横たわっている虎鉄をまたぎ越して逃げていった。

虎鉄を見遣ると、タンクトップは捲り上げられて、
短パンも、ずり下げられたのか抵抗した所為なのか知らないけれど、
脱がされかけているという酷い有様だった。
俺は、先程の威勢はどこへやら、
声を失った。

「……猪里、おかえり……カッコ良かったZe」
「虎鉄……」
「起こしTe?」
腕を伸ばしてきた。
引っ張り上げて、自分も座ると、
くったりと身を預けてきた。
相当怖かったのだろう、がたがた震えていた。
「オレ、スッゲ、怖かっTa」
「怪我しとらん?どこか痛いところは?」
「……ないYo」
肩に溢れた吐息が温かく、無事で良かったと泣きそうになった。
「オレ、数学の課題みてくれるっていうかRa、あんなヤツって知らなかったかRa、」
「うん、わかっとーけん」
虎鉄は泣きながら、何があったのかどれほど怖かったか、言い募った。
抱きしめて背中をさすりながら聞いていた。
俺も動揺してしまって、何と言って良いかわからず、
ただ「ごめん、ごめん」と謝っていたような気がする。

そうしていると、虎鉄は落ち着いたのか、
もう一度シャワーを浴びると言って立った。
こんな顔色の悪い怯えた目をした虎鉄を見るのは初めてで、
「大丈夫かと?一緒に入る?」と声をかけた。
「いい、ダイジョーブ」と返ってはきたけれど、
その足取りは少しふらついていた。

届いた野菜に罪はないと思うものの、
複雑な気分で箱を開けて片付けていった。
さっきのはずみで本棚の本が落ちたので、それも。
虎鉄は風呂から出てくると、
「なんか……眠くなっTa」と言って寝てしまった。
眠れるのなら、眠ったほうが良い。
すうすう寝息を立て始めた虎鉄に肌掛けを掛けてやり、
夕飯の準備に取り掛かった。








そろそろ観念すれば?








夜も更けて、
二人してベッドの上に座った。

夕飯時には、
彼奴はどうも、見境なく襲った訳ではなく、
虎鉄がどストライクだったから我慢できなくなったらしいと聞いて、
改めて虎鉄が気の毒になった。笑ってしまったけど。

「バージンは守りぬいたからNa」
「あげな目に合ったとに、もうそげな軽口叩くとか」
「ジョークにでもしねーと、やってらんねえZe」

「どこば触られたと?あちこち触られたっちゃろ?」
「……この辺?」
虎鉄はTシャツを捲って脇腹を見せた。
「良い腹筋してんじゃん、って言われたNa」
手をあててみる。
触っていいのは、俺だけなのに……
「……猪里?」
ちょっと不思議そうな目。
おかまいなしに、すーっと撫で上げた。
「ちょ、くすぐったいんだけDo」
「あとは?」
「Ah~、ここ」
虎鉄は首筋を指さした。
「何されたと?」
「あんま思い出したくないんだけDo、」
虎鉄は、耳の後ろから鎖骨にかけて人差し指を走らせた。
「吸われそうになっTa」
「えっ?……てことは……?」
首を触る。
スタンドの淡いオレンジの灯りを写して、
虎鉄の目が艶かしく揺らいだ。
ここが弱いのは知ってる。
「キスされたと?」
「口にってことKa?」
「ん」
「いや、必死で顔そむけてたから……でも、首にはされTa」
顔が強ばるのが自分でもわかる。
とどの詰まり俺は白状すると、
虎鉄に惚れていて、
ともすれば溢れそうになってしまう。
一旦溢れ出てしまったら、零してしまう。
掬い上げられそうにない。
だから、怖い。
でも、今はもう、溢れそうだ。
溢れてしまいそうだ。
首に、この首に……
「さすなや」
「猪里、無茶言うなYo、
 両手であの体どかそうとしてたんだZe?」
「そう……やったね」
「猪里、ひょっとしてスゲー怒ってんNo?」
「腹立つやん」
「オレも嫌だけど、しょーがねえYo、起こっちまったモンは」
「うん……」
「取り消せねーYo」
時間を巻き戻すことは出来ない。
それは、わかりきったことだ。
ならば、このもやもやした気持ちはどこへ向かえば良いのだろう?

首に這わせていた手に力を込めて引き寄せ、その首筋に口づける。
「なに~?猪里ちゃん?」
虎鉄の首からはいつもの虎鉄の匂いがして、
たまらなくなる。どきどきしてくる。
「情熱的なんじゃないNo~?」
「黙りやい」
「パソコンの授業で習ったよNa?猪里が上書き?保存してくれんNo?」
虎鉄はふふっと笑う。
しないだろ?できないだろ?とでも言いたげに。
「……しちゃあ」
「マジ?」
彼奴の痕跡を消していくように唇を押し当てていく。
「猪里?」
「……」
「なあ、ちょ、待っTe」

俺は今、さぞかし、独占欲丸出しの雄の顔をしてるだろう。
押し当てるだけでは物足りなくなって、
舌を這わせる。
甘噛さえしてみる。
「う、わ、」
戸惑いには知らぬふりを決め込み、
姑息にも俺は、それとなく肌掛けを股に。
勃っているのは、ばれてない筈。
認めてしまった所為で、
否応無しに鼓動が早くなっていく。
力尽く、もうこのまま前に倒れてしまいたい。

「うれしいけDo!」

はっと我に返る。
けれど、顔は上げられない。
俯いたまま、自分の肩越しを、あさっての方向を見遣った。

「猪里?」
「あ、蚊がおる」
「え?どこYo?」
「あのへん!」
虎鉄の視線が外れた隙にベッドを下りた。

「こげなことしとったら汗かいてしもーた。シャワー浴びてくる」
「お?おう」
「頭も……冷やしてくっけん」

ぬるめの湯を浴びると、どんどん冷静を取り戻せた。
冷やしたいのは頭だけじゃなかったんだ。
可哀想な虎鉄に欲情してしまうなんて……どうかしている。

ベッドに戻ると、虎鉄はまだ雑誌を捲りながら起きてた。
もう寝ているかと思ったけど。

「蚊はいねーみたいだけDo?」
「そう?」
蚊なんて元々いない。
やましい俺は正面切って虎鉄の顔を見れない。

「俺どうかしとった」
「……?」
「お前今日、怖い目にあったばかりなんに……」
「猪里だったら、うれしーYo?ちょっとビックリしたけDo」
「またに……しょーか?」
「……また?……の機会Ni?」
「ん……どげんした?」
「や、なんかさっきの流れだと……次はオレが……下になんのKa?」
「さあ?どっちでも良かよ、俺は」
「どッ、どっちでMo?!猪里、どっちでMo?!」
少し眠くて投げやりな返事をしたけど、
食いつきがすごくて面食らった。
「そうばい」
「それは……猪里のツヨシをオレにINするのも、やぶさかではNaいと……?」
「ばってん、今日はせんよ?
 お前……大変やったんやけん。
 どっちにしろ、心の傷が癒えるまで待つけん」
「……猪里、オレ、はっきりさせときたいんだけDo?」
「何を?」
「オレの心の傷が癒えたRa?……その、なんDa……オレが下で?」
「さあ?どうやろ?やってみんと、わからんちゃん」
「TryしてみるってことKa?」
「やけん、今日の話やないけんって言っとーやろ?」
「……」
「なん?お前が嫌なこと、俺はせんよ?絶対せんけん、安心しぃ」
「オレを……組み伏せTaいと思ったことは……?」
「まだ続けるとか?この話……うん、無きにしもあらずやね」
まさに先程そう思ったってことは内緒にしておく。
たぶん、気づかれてるだろうけど。
「もういいやん、寝よ?」
枕に頭を落とすと、虎鉄も釣られるように横になった。

灯りを消しても、話は尽きない。
「男二人だと、どうしても一本?一竿?余るだRo?」
「お前……竿はたんすの数え方やんね」
「そーなNo?じゃ、どう数えんDa?」
「さあ?一本二本で良かっちゃない?」
「余るのが猪里のばっかでわりぃNaとは思ってたんだYo……これでも」
「へえぇ!こら、たまげたばい」
「何だYo、オレだって色々考えてるっつーNo!」
「そげな殊勝なことを考えとるたあ……ぁふ」
あくびが出てしまう。
虎鉄は夕方寝たから眠くないかもしれないけど、
俺は眠くなってきた……

虎鉄は片肘をついて、頭や頬を撫でてきたりするので、
気持ちよくて、更に眠くなる。
「だかRa、心の準備がですNe……」
「俺はそげな心の準備やらさせて貰えんかったけどな……初めての時な」
「あん時は、ごめんって何度も……オレまだ許されてねーNo?」
「あはは、許してなかったら二度目からはないやろ?俺がさせんやろ?」
「だよNa~、ちょっと焦っTa……」
ちらっと見上げると、ほんとに少し焦ったような顔をしていた。
なんだか可愛いなと思う。
可愛いなんて口にすると、
また上だの下だの話が堂々巡りになりそうなので、やめておく。
その上、睡魔に捕らわれ、もう限界だった。

「虎鉄、」
「ん?」
「おやすみ」
目の前にある肘に額を寄せると、
「おやすみ」
こめかみにキスが降ってきた。

「はよう、心の傷が癒えるごとな……待っとーけんな……」

「Haぁ?!」

「ん、深い意味はないけん……お前は、枕を高ぅしてな、寝ていいけん……な」

「猪里?!枕を?高くってなんだYo?!」

眠いんだって……寝かせてくれ……






朝起きると、イルカのぬいぐるみが俺と虎鉄の間に転がってた。
コイツはいつもテーブル付近が定位置の筈。

「おはYo」
虎鉄は伸びをして、起き上がった。
「なん?これ?」
「猪里が、マクラ高くして寝ろっていうから、Soーしただけ」
「えっ?枕の上に置いて寝たとね?」
「そーだYo?」
「こん嵩高いイルカを?!」
「うん、でも、寝苦しくって、いつの間にか、どっかいってたNa……コレ」

虎鉄はイルカを抱いて、にっと笑った。

やっぱり此奴は、あほ可愛いな……!

なんだかもう決壊は免れそうにない気がしてきた。
なあ、虎鉄、
また溢れてしまいそうになったら、
どうすればいい?

俺は、どうすれば……?











よりぬきお題さん。