俺の誕生日は、新年度が始まると、すぐに巡ってくる。
それはもう、ほんとあっと言う間で、
慌ただしく過ごしてるうちに、自分も忘れてしまうぐらいだ。


だからって、まさか、
コイツに忘れられるとは思わなかった。









四月十二日。









部活も終わって、
他愛も無いこと話しながら歩いてるうちに、いつもの分かれ道まで来た。

---俺、今日で十八になったとばい……


気の所為かな?
ここ二、三日、虎鉄は何だか素っ気ない。
昨日の夜は、虎鉄が泊まりに来たけど、今日のことは何も話さなかった。
丸っきり話さなかった。

話さなかったけど、明け方、まだ二人で布団に包まってるとき、
「誕生日おめでとう」って微かに囁かれたような気がする。
その時、額にキスされたような気もするけど。


青信号が灯った。

おめでたくも俺は、今日も泊まってEー?って聞かれるとばかり思ってた。
素っ気ないのは、たぶん、虎鉄お得意の演出だろうなんて思ってた。


「んじゃ、明日Na~!」

片手を上げる、いつもの挨拶。
吊られるように、俺も手を上げると、
虎鉄はフッと微笑んで、くるりと背を向けた。

「あ……、」

---今日は俺の誕生日なんよ……知っとっとよね?
   

「虎鉄?」


俺の声は、夕暮れの道に落ちた。
家路を急ぐその背中には、届かなかった。

青信号の点滅に、少し放心した自分に気付かされ、
歩き出す。
喉奥が少し痛むのを感じる。

---なして?

去年の今日は、しっかり祝ってくれた。
2年生になったばかりで、
思いがけず同じクラスになれて、二人とも妙にハイテンションだったのを覚えてる。
虎鉄は、ケーキを買って来てくれて、一緒に17本のローソクを立てて……

---忘れとっと……?

失念してるのかもしれない。
部活前、今や野球部恒例となった「明美に誕生日祝わせろ☆キッス」から逃げ回ってるときも、
虎鉄は、遠くの方で監督と話し込んでたし、
部活終って、長戸からプレゼント貰ったときも、いなかった。
今日が俺の誕生日だってこと、気付かせる場面に出会さなかった……

---そいやったら今朝の言葉とキスは?
   ……夢……やったとやろか?

交互に覗く自分の靴先を見詰めながらの自問自答は、酷く空しい。

---忘れるげな……虎鉄が?……あのイベント好きなヤツが……?

忘れられたと仮定してみる。
……倦怠期ってヤツなんだろうか?

---ばってん、昨日の夜も、あげん……

ぶんぶんと頭を振って、
虎鉄のしなやかな体や、途切れ途切れに囁かれた言葉を追い払う。

「馬鹿ばい、俺……」

虎鉄と付き合うようになって、すっかり女々しくなった自分を呪うばかり。

---しっかりせんば。

自分を叱咤する。
その癖、すぐに不安に囚われる。

もう一年も無い。
どう足掻いても、あと一年も無いから。

---俺やって、毎年毎年祝って貰えるげな、思ってなかよ?

そう思うなら、尚更、
こういうことに……誕生日をキレイに忘れられることとかに、
慣れていかなければいけないんだ。

そういう時期に来てるんだ。

---……この先、もっとずっと辛いことも……起こるかもしれんのやけん……

考えたくないけど、来年の今日は……

---きっと二人、違う空の下なんやし……

でも、せめて今年は……今日ぐらいは……

知らず、唇を噛み締めてる自分に気付く。

---少しずつ、慣れていかんば……


「…………」




---もう、よか!

考えるのは、止め。
ちょうど、家の前まで来たことだし。

鳴るかと思ってた携帯も鳴らない。
鳴らないなら、切ってしまえ。

ピッ。

---ごめんごめんって、かけてきても遅いけんね。







のろのろと外階段を上がる。

そう言えば、虎鉄は今朝、部屋に忘れ物したとかで、
一人で引き返したのだった。
「あ、オレ、忘れ物しTa!猪里先行っててYo」って、
ぴゅーっと走って行ってしまって。
そのまま俺は一人で登校して、今朝は朝練も無かったし、
三年になってクラスも違うから、昼休みまで会えずじまいだった。

鍵を差し込み、回す。

---バンダナ忘れたって言っとった……確か。

  「何忘れたと?」
  「Ah?ああ……お気にのバンダナだYo。この前忘れたの思い出したかRa」
  「あったと?」
  「N、タンスの中にあったZe。洗濯サンキューNa」

俺のタンスの引き出し五段のうち丸々一段は、虎鉄の衣類で占領されてる。
ドアを開けると、目に入って来る、
そう、あのタンスの二番目。

---近い将来、あそこも空になるとかいな?

   ………………。
   ………………。
   ………………。


とてつもなく、どんよりしてきた。

この部屋で一人でいると、とんでもなく侘しい誕生日になりそうだ。
この前祖母が野菜と一緒に送ってくれた誕生祝いのお金持って、
パァーッと……!

---どこ行こーかいな?
本屋行って、新刊の……
---辛気くさか……
ゲームソフトでも買って、やりまくる?
---ばってん、スパイク買わんば……かなりくたびれてきとるし。

それに、一人で買い物に行くのも、何だかな……

取り敢えず、鍵をかける。

「ん?」

内側のドアノブの上に小さなメモ用紙が貼付けてある。

[ ♡猪里おかえり!おつかれのところ悪いけど、ケツポッケ見てみて ]

剥がして、もう一度読んでみる。

---虎鉄の字……やんね?

名前の前に書かれたハートマークに、思わず頬が緩んでしまう。
我ながら現金だなって思うけど。

---あ!

今朝、二人で部屋を出るとき、こんな紙は無かった。

---なん?コレ?!
   忘れ物したげな、嘘やったとね?!

こんな紙を貼付けるために、わざわざ引き返したのか?

---え?ああ、ケツポッケ?俺ん?

右のポケットを探ると、
いつの間に押し込んだのだろう、
折り畳んだ小さな紙が出て来た。
開いて見てみると、また謎の指令らしきコトが書かれてあった。

[ てがみの中 ]

おいおい、"手紙"ぐらい漢字で書きやいって苦笑。
でも、手紙って何だろう?
実家からの手紙や電気代の明細などは、100均で買った状差しに入れてある……それだろうか?

急いでスニーカーを脱いで上がり、通学鞄は玄関に放って、
冷蔵庫の横にマグネットでぶら下げた状差しを探る。

「あった」
また紙だ……。

[ しゃんぷー ]
次は風呂場に移動か。

シャンプーのポンプには、細く折り畳んだ紙が結びつけてあった。
---器用やねえ。
破らないように慎重に解いて見てみた。

[ んーと、大丈夫?次は、せんたく機のふた ]
大丈夫?なんて、いちおう気遣ってくれてるらしい。
きりきり舞いさせやがって、何を企んでるのか知らないけど。
「こげんややこしかこつすんな」って、
今から電話かけて文句言ってやろうかな?
それは、後にするとして、
風呂場を出て直ぐの洗濯機を開ける。
蓋の裏には、またメモが貼付けてあった。

[ こんろ ]
---はいはい、コンロね。
狭い部屋の中をキッチンに移動して、ガス台の上には、また小さな紙。
---いったい何枚あるっちゃろ?

[ つくえの下 ]
ああ、机ね……って、
---この部屋に、机は無かろーも!
あるのは、勉強机と食卓を兼ねている炬燵だ。
最近暑くなってきたけど、まだ炬燵の布団は仕舞ってない。
寒がり虎が「もうちょっとコタツにしとこうZe?」なんて言うからだ。
---……これしか、ないやんね?
布団をめくり上げてみた。
やっぱりメモ紙が入ってた。

[ けしゴム ]
---え?消しゴム?どこの……?
思い当たるのは、自分のペンケースの中にある物だけだ。
玄関から通学鞄を持って来て漁り、それを出す。
わりと新しめな monoの消しゴムだ。
見たところ、変わった所はないけど……?
---この下?
少しどきどきしながら、紙のカバーをずらしてみた。

[ みるく飲む? ]
---いつの間に?!
今までで一番小さな字だ。
---飲めってことかいな?
冷蔵庫を開ける。
牛乳パックの置き場所は決まってるから、見つけるのは容易い筈。
やはりと言うか、
既に開いてる注ぎ口に、小さな紙が挟んであった。

[ おっす!オラ悟空! ]
「ぷっ」
いきなりな挨拶に吹き出してしまう。
---これは……ああ、あれやね。
タンスの上に置いた小さな悟空のぬいぐるみ。
虎鉄のUFOキャッチャーの戦利品。
猪里にあげRu、って言ったちょっと甘えたような声と笑顔を思い出す。
どけてみると、やっぱりメモがあった。

[ けがをしたらはりましょう。次でラスト! ]
---怪我せんでん、俺貼ってるやん……
再び洗面所に行き、バンドエイドの缶を開ける。

[ たんすの引き出し!]
---これで、おしまいなんやね?
何だか名残惜しい気がしてくるから、不思議。


タンスを開ける。
一段目、変わったところはない。
二段目は、虎鉄専用引き出し。

何かある……予感がする……胸がどきどきしてる……







「あ」

シャツや下着を寄せて、紙袋が入れてあった。
虎鉄とよく行くスポーツショップの物だ。
中には、箱……靴の箱があった。

---スパイク?!

開けてみると、やっぱりスパイクだった。

---ありがとう、虎鉄。

手に取る。
真新しいスパイクの匂いがする。
俺達を惹き付けて止まない野球の、靴。


---どげんしよ……嬉しか……



携帯の電源を落としたままなのに、はたと気付いた。
スパイクを抱えたまま、
ソファの上に投げ出したままのそれを手に取り、生き返らせた。

ピッ。

「…………」

ありがとうって言いたい、今直ぐに。
でも、俺はいつだって躊躇って、
先延ばしにしてしまう。
今、たった今、言わなきゃいけないのに。



「♪♪~~~」

「!」

虎鉄から!

「はい、」
「猪里、ケータイ切ってTa?」
「……ごめん」
「今部屋?」
「うん」
「……見つけTa?」
「ん、今。……虎鉄ありがと」
「どういたしましTe。気に入ってくれTa?」
「うん!バリ嬉しかよー!新しかと買わんばやったけん」
「あ、そ……?以心伝心ってヤツ?」
「そうやね……お前上手いこと言うやん?」
「……えと、あNo、猪里?」
「ん?」
「小さいほうのは……?」
「小さいほう?!」
「Ah、スパイクだけKa?見つけたNo?」
「え?他にもあると?」
「あ、あるけDo、ちょ、」
「ちょい待っとって」

勘が働くって、こういうことを言うのだろうか。
スパイクの中に入ってる、白いもしゃもしゃした紙を取り出してみた。

「……あ!」

小さなケースが出て来た。
とても小さなビロードのケースでリボンも掛けてある。

「あ、あ、ちょっ、やっぱり待っTeーー!」
虎鉄が電話越しに何か喚いてるけど、無視。

---なんやろう?


「!」


指輪だった。

---シルバー……やろか……?
   シンプルで綺麗か……


「虎鉄、これ、」
「……うッ、受け取ってくれRu?」
「こげん高かモン……スパイクも高かったやろ?」
「そんなコト……あの、あのSa、」
「ん?」
「今までのメモ、初めから順番に並べてみTe?」
「玄関のから?」
「N、やってみTe。あ、一旦切るWa」
「あ、こて、」

切れた。


初めから順番に並べることに、何らかの意味があるのだろうか?
そう思ったものの、ぼーっとしていても仕方が無い。
気を取り直して、回収したメモを学ランのポケットから出した。

---……初めは、コレやね。
   んで、状差し、風呂……

巡った順を思い出しながら、炬燵の上に並べる。
消しゴムはペンケースから再び出した。
結果として、10枚の紙と1個の消しゴムが横に並んだ。

---なんやろ?

意味深な言い方が気になって、目は紙片の上を彷徨うばかり。
落ち着いて考えれば、答えが出そうな気もするけど。

---ちかっぱわからんよ。

四月もそろそろ半ばで、日も長くなってきて、
落日の光が、カーテン越しに射し込んで、部屋を照らしてる。
頬杖を付きながら、夕日を写し込んで鈍く輝く携帯を眺める。

---「降参です」って、電話しようかいなぁ……



「♪♪~~~」

またかかってきた。

---わからんやったって言わんばいかん……ちょっと悔しかね。

「もしもし、」
「猪里?」
「並べたっちゃけど」
「まだ、わかんNaい?」
「……はい、降参ですばい」
「じゃ、開けてくれRu?
 オレ……今、猪里んちの前に居るんだけDo」
「なしてはよ言わんとー」
携帯を急いで閉じ、ドアまで飛んで行っていた。



「Yo」

制服姿の虎鉄は、少し照れ臭そうな笑顔を浮かべ、
ついさっき分かれ道で、俺にサヨナラと合図した手を挙げた。

「ありがと、虎鉄……ま、上がり?」


「並べたよ」
指輪も一緒に並んでるのが、恥ずかしい。
どこか他のところへ置けばよかったと、ちらと頭を掠めた。

「Ah、やっぱそう並べたんDa」
虎鉄はなせか、俺の一番の気掛かりをスルーした。

「いかんと?」
「あのSa、上から下へ並べてみTe。そのほうがわかりやすいかRa」
虎鉄は、言いながら座った。
「なんや今日はうろうろさせらるったいね」
紙をずらしてみた。
「出来たよ」

すうと息を吸って、虎鉄はおもむろに言った。
「じゃあ、下から、読んでみTe?……一番初めの文字だけ」

「下から?
 ん、わかった…………

 た

 け 

 お 

 み 

 け

 つ

 こ

 ん

 し

 て

 ♡


 …………!!!」


「して下Saい」

「えええ?!」

思わず素っ頓狂な声が出て、隣に座る虎鉄を見ると、目が合った。
いつもへらへらしてる癖に、にこりともしない。

「あ、いや、その、ホントの結婚は無理っての、オレだって分かってるYo?」

やや眉根を寄せた困り顔に、少し救われる思いがする。

「そ、そう?」

「これからも、そばにいて欲しいんDa……それだけ、だかRa」

「…………/// 」

どうにも居たたまれなくなって、下を向いてしまった。
こんな殺し文句って、ない。
俺としては、ずるか!って怒りたいぐらいなのに、
虎鉄は相変わらず真剣な面持ちで、ことを進めてくれる。

「コレ、」

虎鉄は、小さなビロードのケースを開けて見せた。
改めて見ると、何だか本格的でドキドキする。

左手をとられる。

「はめてもいい?」

目に、真っ直ぐな光が宿っている。
抗えないと思った。

「あ?う、うん」

俺は、でも、知ってる---
俺だけじゃなく、二人とも知ってる。
結婚どころか、そばにいるっていうのも、「ずっと」は無理だって。

「俺のもあるんだっTa」

虎鉄は、胸のポケットから、お揃いらしき指輪を摘み出した。

「二人ぶんも……高かったやろ?」

「そんな野暮なこと、今言うなYo。ムードぶち壊しだRo?」

はたから見たら、すごく滑稽な風景なんだろうなって、頭を過る。
学ラン着た男が二人、赤い顔して見詰め合ってるんだから。
それも、指輪の交換をしようっていうんだから。

今、「無理だ」って言わなくちゃいけない。
そうしなければ、そう遠くない未来に傷つけてしまう。

傷つきたくない俺がいる、ってことは、
同時に、傷つけたくないお前もいるってことなんだ。

「受け取れない」と、
これを付けていいのは、お前に相応しい女の子の華奢な指であって、俺のじゃないと、

言わなくては---



すっと、薬指に、銀の指輪は収まった。

「ちょっと大きかったかNa?」
虎鉄は、初めてにこっと笑った。

---ああ、言えんかった。

指輪をはめるのも、許してしまった。

もう一つの指輪を掌に置かれ、今度は俺の番。
思ってる事とやってる事の矛盾を感じる。
指輪は、本人の見立てだけあって、誂えたみたいにぴったりなのに。

指輪なんて、今まで付けたことがない俺は、
虎鉄が少し大きいと言ったこれさえも、ちょっと締め付けられてるように感じて気になって仕方ない。

「虎鉄、」
言いかけて、言い淀む。

「知ってるYo。指輪とかすんの、あんま好きじゃないんだRo?」

「べつに、好かんのやなくて……その……、」

「外してもいいかRa、持ってTe?
 二人っきりの時してくれたら、嬉しいけDo」
緩く握られたままだった俺の左手は、彼の口元に寄せられた。

「聞いTe、猪里」
指輪越しに口づけられ、
こういうことが憎い程似合う男が、俺なんかと付き合ってて良いものだろうか?とまた思う。

「猪里、今日で十八だZe?十八って言や、車の免許も取れるんだZe?」
「俺、はよ取るけんね」
「オレだって!ってかそれは今関係ねーYo。
 オレが言いたいのは、結婚も出来るんDaってこと」
男の俺にプロポーズしておいて、
年齢の部分だけ日本の法律に従うも何もあったもんじゃなかろーもん、って思うけど。

「とっても特別な日なんだZe?
 だから、特別にしたかったんDa。
 スパイクは、オマケ。ボロくなったら捨てていいかRa」

特別な日に、特別な指輪を贈りたかった、と言うお前。
俺の気持ちは、いつもいつも置いてけぼりにしてるってことには、
やっぱり気付いてない……?

---ばってん、嫌いやなかよ……お前のそげんとこ。

俺の下の名前を、さりげなく忍ばせてあった紙片。
ふと見遣って、虎鉄を見ると、
つっこんで欲し気に、にかって笑った。

「お前、た け お み って……」
「呼んでもEー?」
「駄目」
「即答かYo?!てか何Deッ?!」
「何でん、駄目」
「……恥ずかしいかRa?」
「うっさか……結婚もできんけんね」
「わぁーってるYo!」

「 け つ こ ん 、ならしちゃーよ?
  け つ こ ん って何かいな?教えてくれんね」

---はぁ、素直やなかねー……俺……。

「Ah?挙げ足とんなYo、小さい『つ』は無理だったんだYo。
 ……だけど、よ~く見ると、ちょっとだけ小さいんだけどNa」
「っくえの下……あ、ほんまやん?」
「オレ、すげぇ頑張ったんだZe?褒めて?」
「苦心のあとが見えるばい」
「だRo?」

---俺は、一人でぐるぐるし過ぎなんかもしれん……ね。

「ん……嬉しかよ……た い が 」

「!」

「ぷっ」

「な、何だYo」

「そげん惚けたツラはないやろ?」

「酷ッ!……てか、もぅ一回言ってくれYo!今の急すぎてよくわかんなかっTa!」

「いやばい。やっぱしっくりこんよ」

「くる!くる!きますっTe!」

「えぇー?」

習慣とは恐ろしいもので、つい不満気な顔をしてしまったけど、
ほんとは、強請られなくても何度でも呼びたいって思ってる。

何故って俺は、心から安堵した自分の気持ちに、とっくに気付いてたから。

今日の別れ際、突き放されたみたいで、すごく不安だった。
もう終ったとさえ思った。
けど、部屋に帰ったら、いきなり強制イベント突入で、
見つけたプレゼントでびっくりさせられて、
あぶり出された求婚の言葉には、狼狽えはしたけど、ほろりとさせられて……
これは、まぁ、落ち着いて考えてみると、
まんまと虎鉄にしてやられた、
俺は此奴の甘い罠に嵌り込んだってことなんだろう……たぶん。

でも、俺は、
ほんとに良かったって思ってた。
紙片を探す小さな旅をしながら、まだ好きでいてくれて良かったって、心の底から思ったんだ。

---やけん、言ってもよかとかいな?

「なぁ、大河」

「ッわ……///」

「なん?俺は呼んでくれんと?」

「たッ、たけお、み?」

形の良いアーモンドの目を丸くして瞬かせる、此奴のこんな顔はなかなかに珍しい。
図に乗ってしまう。

「大河、」
カラーの内側に両手を忍ばせ、細い首を包む。

「はいぃッ?」
近いYo!なんて思ってる?

「ケーキは?大河?」

「!」

「ははっ、今のは無しばい。お前もう金無いっちゃろ?」

「……はい、おけらでSu」

「気張りすぎたい」

「でもSa……他の誰かにさらわれたりしたらっTe、オレ、不安で……」

「誰が、俺げなさろーていくとね。馬鹿ばい……お前」

「うN、オレ猪里バカだかRa☆」

「ほんと馬鹿……」

「あ、忘れてTa!」

「え?」

「誓いのキス♡」

「はあ?」

「指輪の交換と誓いのキスはセットだRo?やっぱ?」

---忘れてたんやないやろ?……可愛いヤツばい、ったく。

この体勢ですることと言ったら、他に無いだろ?とばかりに、
虎鉄の首の後ろで手を組むと、指先に銀の指輪が触れた。

---……やっぱぃ慣れるまで時間のかかりそうと。

くるんと回して、思う。

俺は、いつだって同じ道を行きつ戻りつ。
時に逃走しかけては、お前に引き戻されてるみたいだ。
こんな可愛くもないひねくれた奴のいったいどこが良いんだか……男だし。

背を抱かれ、引き寄せられる。

「愛してるYo」

「……俺も」

狭い部屋の中を右往左往させられ、導かれ、提示された俺達の未来。
それに丸々応えられたら良いだろうな……でも、応えられそうも無い。

鼻先が触れて、目を閉じた。

応えられそうもないけど、残り時間をカウントするのは、止めるよ。

---止めるって、誓う。


唇が、合わさる。


---誓います、


   …………大河。




















12 April 2005
Happy Birthday Takeomi Inori !