虎鉄は告白もまだなのに、厚かましくもこれを初デートと捉えていた。
しかし、猪里には、男同士でデートなどという概念は毛ほども無かったので、
恐ろしくちぐはぐな買い物になった。

デパートに行っても、ヨーカ堂へ行っても、虎鉄行きつけのショップに行っても、
試着してみるべきDa!と虎鉄は譲らなくて、
水着なんて10分もあれば買えると思っていた猪里を悩ませたのだ。

「こげな水着、試着せんでよかろーもん!コレMやろ?コレでよかったい!」
と抵抗するのだが、
「似合うかどうか、オレが見てやRu!」
などと言いながら虎鉄が試着室に押し込めるものだから、仕方なく履いてみたりした。
「履いたら見せろYo!」
と肩をバシッと叩いて言うので、履いた後カーテンを少し開けると、
どことなく獣のような目をした虎鉄がすぐ前で待ってるものだから、びっくりした。

「……どうやろか?」
「Ah、Tシャツ脱がなきゃダメJan、よくわかんねーYo」
「ええ?」
「ほら、脱いDe!」

有無を言わせぬその物言いに、Tシャツも脱いで、猪里は虎鉄を窺ってみた。
しっかりとカーテンを閉じた間から、虎鉄が顔だけをにゅっと突っ込んでるのは、
どうやら、猪里の肌が他人に見られないようにとの配慮らしかった。

「Nー……イマイチだNa」

何でも無い風を装う虎鉄だったが、
実は、部室で見るのとはまた違う、モジモジと恥ずかしそうな仕草の半裸に、
試着バンZaーい!と叫びたいくらいだった。
調子に乗って「競泳用も試してみNeー?」と邪な提案をしてみたが、
「絶対、いやばい!」
と素気無く却下されてしまった。
猪里にしてみれば、スクール水着よりも布地の少ないものなど、全力でお断りだった。

猪里が買おうと思っていたのは、
ごくフツーの、膝が覗く位の丈のトランクス型水着だったのだが、
虎鉄は「あ、やっぱさっきの店にあったヤツがよかっTa」
などと、一日中猪里を引っ張り回し、候補に上がった物は必ず試着させた。
猪里は、柄がどーの色がイマイチという声を聞きながら、
舐め回すような視線が、恥ずかしいやら体に痛いやらで、
幼稚園の頃、お人形遊びに付き合わされたのを思い出し、
「俺リカちゃんのごたる……」といった心境だった。

結局、その日6つもの店を回り、猪里は15着も試着させられ、
虎鉄のお眼鏡に敵う代物に辿り付いたときには、とっぷり日も暮れていた。

やっと解放されて、一人暮らしの部屋に帰り着くと、
猪里はぐったりと部屋に座り込み、ため息をついた。
買って帰った水着は、一番初めに訪れた店にあった物だったりした。
その所為で、ため息はいっそう深くなった。

「こげな買い物ありえんよ……
 海パン一枚、たった一枚買うだけじぇ?!
 ……はぁぁ。
 ……長戸に頼めばよかったったい……」




***




「あの頃は初々しかったよNa……試着室の中でモジモジしちゃっTe!」
「ふん」
「今は、恥じらいnothingだもんNa……」
「男の俺にそげなモン求めるげな、お門違いったい」
「でもYo、パンツ一丁で部屋でウロウロって、どうなんDa?アリなのKa?」
「暑いんやもん!風呂上がりぐらい、大目に見て欲しいっちゃん!」
「Ahー、あの頃の初々しい猪里ちゃんは、いったいドコいったんDa……」
「俺なら逃げも隠れもせん、ココにおるばい」
「Oh、そーDa、今度姉ちゃんの浴衣持って行くから、それ着てみてYo」
「お前、話が恐ろしく飛躍しとろーが」
「浴衣はいいZe~。襟から覗くうなじとか……座った時も色っぽいよNa♡」
「んー……着てもよかよ」
「え?!マジかYo!」
「俺、胡座かいちゃるけんね」
「だMe!おねえさん座りじゃなKya!」
「はぁ……付き合っとられんばい……お前な、」
「なんだYo?」
「恥じらいやら、そげなこつ言うばってん、」
「ばっTen?」
「いっつもかっつも、がっついてきよるやん」
「まーNa、目の前で、殆ど真ッパでウロウロされると、
 誘ってんのかNa~♡って期待しちまうワケYo、オレとしては」
「めでたいヤツばい」
「わかってないNa、猪里は」
「何がね!」

「そんだけ、 I'm crazy for youってコトだYo!」
虎鉄はウィンクをくれながら、流暢な発音で宣った。

「なッ、なッ、な~んが、くれいじーふぉーゆー、ね!///」

「お前に首ったけ」などと、いきなり甘ったるく言われ、
赤くなる頬を気づかれまいと、ぷいと左を向くと、
いなくてもいいのに、長戸がいた。

「!」

「猪里、どした?真っ赤だぜ?」

ニッと笑ったその顔には、相も変わらずお熱いコトで!……と書いてあった。
どうやら聞かれていたらしい。
慌てて長戸から目を反らし、再び正面を向くと、
今度は、右から虎鉄のにやけ顔に覗き込まれた。

「どしTa?猪里ちゃん?」

「!///」

まさに、前門の虎、後門の狼。
さっき「逃げも隠れもしない」と言ったけれど、そろそろ限界も間近な猪里だった。

「ッ……///」

長戸が、吹き出しそうになるのを堪えながら虎鉄に目配せすると、
受けた虎鉄は、可愛くて仕方ないという風に目を細め、
すぐ隣の柔らかな茶色い髪をくしゃくしゃにして、頭をなで回した。

「カワEー♡」

猪里は、その失礼な手を引き剥がした。

「しゃーしか!」

右手で5cm高い位置にある頭を、左手で10cm高い位置の頭を抱え、
素早く脇を締めた。

ゴチッ!

勢い余って、飛び上がり気味になってしまったけれど、
手応えは充分だった。

「……痛ぇ……!」
「いっTeー!もー!」

伸びてくる腕を躱し、猪里は駆け出した。

「猪里っ!」

虎鉄もあとを追いかけた。
追い越されていく部員達が「またやってんな」と呆れ顔で道を開けているのには、
二人とも全く気がついてなかった。

「ばーか、ばーか、虎鉄のばーか!」

猪里は、走りながら振り向き、笑った。
肩にかけたバッグの中で、去年買った水着が踊ってる。
逸る心に拍車がかかった。

「なんだYo!」

「ばかで、エロで、へーんたい!」

「ダーリンになんてコト言うんだYo!」

「ばかっ!恥ずかしかこつ言うなっ///」



木漏れ日が差し込む、マイナスイオンたっぷりな森の中、
追いかけっこはプールまで続いた。












2004.11.9 初出