これは「15.シカト」の続きになっておりますが、これだけ読んで頂いて大丈夫だと思います……たぶん。







14.地味にイタイ









休憩室の片隅で三人の腐女子店員が萌話に熱中している頃、
一台の救急車がヨーカ堂十二支店の前に止まった。
「高校生男子1名、頭部強打により意識不明の模様」との通報があったためである。
二人の救急救命士は担架を持ち、身のこなしも軽く1階と2階の間にある踊り場へ向かった。
一人の少年が床に伸びていて、もう一人の少年はその傍にへたり込み人目も憚らずに泣いていた。

「虎鉄!虎鉄ぅ!」
「君、落ち着いて!」
「いやぁ、虎鉄!」
「そんなに揺らしちゃだめだ!」
救急救命士は取り縋って泣いている猪里を引き剥がし、
ぴくりとも動かない虎鉄をテキパキと担架に乗せた。

慌ただしい空気の中、遠巻きに眺めていた一人の老人がずいと前に出た。
「この子がのぅ、この子に接吻したんじゃ……」
ステッキで指し示しながら話し始めた。
「はいい?!」
野次馬達から「せっぷん?」「え?なになに?」というどよめきが沸き起こり、辺りは騒然とした。

四方八方から突き刺さる視線が地味にイタイ……
だが、猪里は、その痛さに身じろぎもせずに堪えた。

「そうしたら、この大泣きしとる子が烈火の如く怒ってのぅ……
 この頭に布巻いた子を後ろから抱えて、あっという間に反っくり返って、
 あれは確か原爆固めと言ったかのぅ、
 カール・ゴッチの大技がこの年でそれもナマでまた拝めるとは。
 ……しかし、この子はこんな酷い怪我を負わせようとは思うてなかった思うよ、ワシは」

有り難いのか有り難くないのかよくわからないと言わざるを得ない老人の弁護は虚しくも当人には届かなかったようで、
猪里は虚ろな目をしてしゃくり上げるばかりである。
「今は搬送しなくてはいけませんので」

---未来ある青少年の為である。今聞いた事はスルーした方がいいだろう……特に「接吻」の件は。

四本の逞しい腕が担架を持ち、立ち上がった。
猪里は運ばれていく虎鉄に縋ろうとして制され、仕方無く後を追った。
階段を下りきり店の外に出て、虎鉄は救急車に収まった。
「君も乗って!」
「は、はい!」
猪里はストレッチャーに平行して設置されたベンチシートにあたふたと腰掛けた。
扉は閉じられ、雨の中をサイレンを鳴らして走り出した。

寝かされた虎鉄は息はしているものの目は固く閉じた儘だ。
「お願いやけん、目ぇ開けてぇ……」
猪里はシートから身を乗り出し、虎鉄の腕に縋った。
隣に座った若い救急救命士がチラチラと様子を伺っているのには気付いていない模様である。

---たしか接吻とか言ってたよな。この二人、そういう関係なのか……?!





「N……」
「虎鉄!」
くぐもった声にぱあぁと顔を輝かせ、猪里は思わず立ち上がって覗き込んだ。
「……頭、いTeー……」
「ごめん、ごめんちゃー」
中腰になり頭をそっと撫でながら許しを請う。
「すっげ、痛ぇYo……」
バンダナに覆われた眉根を寄せ、目は瞑ったままかなり辛そうな表情である。
「ほんなこつ悪かったと……な、目開けらるっと?」
「う゛ー…………」
「無理と?」
「……ムリ、Da」
「ちょこっと開けてくれんね?俺なんでもするけん」
「…………」
「虎鉄?」
「……なんでMo……?」
「うん!」
「……ちゅーWa?」
密やかな声で厚かましいことを言ってのけた。
「……え?」
「ごめんなSaiのちゅーしTe」
弱々しい声ながら、転んでもタダでは起きてやるものかという心意気を伺わせた。

普段の猪里なら、こんな風に求められば(実際、事ある毎にせがまれてはいるが)
「誰の所為でこげな『はたらくくるま』に乗っとっとね!
 『けがにん びょうにん いそいで きゅうきゅうしゃ♪(きゅうきゅうしゃ)♪』に乗るハメになったとは、
  誰の所為か思い知らしちゃーよ!霊柩車にでん乗りさらせー!!!」
といった怒声と共に超弩級エルボードロップを炸裂させること間違い無い。
三途の川の向こう岸で慌て蓋めいたように「まだ来てはいかん!」と怒鳴るお祖父ちゃんに手を振った後、
うっかり息を吹き返そうものなら、
絶対零度の微笑みに震え上がりながら死へと誘うミラクルエクスタシー*を喰らうこととなるだろう。
[*プロレス技。手で相手の喉を輪に捕らえ、もう一方の手を股下に入れてすくい上げ、
 頭上まで持ち上げて(喉は持ったまま)膝折で叩きつける大技]
「『はたらくくるま』にれいきゅうしゃパートを追加でくるモンはお前しかおらんと!
 ガチャ●ン+ムッ●と全国のよい子達がなぁ、ちかっぱ納得してくれるごた歌詞考えて来ぃ!!!」
今のリアルよい子達はその歌知らないんじゃ……
といった疑問を口にする猶予も与えられずに瞬殺の憂き目を見るであろう。

しかし、今の猪里は違っていた。
虎鉄がこんなにも長時間目を覚まさないというのは、今までに無いことだったので、
ひょっとしてこのまま目を覚まさないのでは……という不安で純な心は千々に乱れていた。
そんな焦りにも似た不安が判断を鈍らせていたのだ。
誰の所為でこんな車に乗る羽目になったのかということを失念してしまっていたし、
その張本人相手にちゅーだけで済む筈がないと考え巡らせる余裕も持ち合わせていなかったようなのである。
普段の虎鉄の人となりを熟知している彼ならば即刻気付きそうなものなのに。

ふわふわの茶髪に包まれた余裕の無い頭には、
ちゅーをする…………、
すると次の瞬間には虎鉄がパッチリ目を開けて、
いつもの脳天気な笑顔を浮かべ、ウィンクの一つもくれながら、
「Hahah~n☆ベイベー酷ぇじゃねーKa!」などと戯けたセリフを吐きつつ、
鞍馬のフィニッシュを決める如く華麗にストレッチャーから降り立つ……
という様なシンプル且つピースフルでラブな図式しか浮かばなかったようなのである。
クスクス笑いの板に付いた某先輩の知るトコロとなれば、
「フン、猪里はとんだ甘チャンなのだ」と鼻で笑われそうな、宝船に七福神付きのお目出度さであった。

虎鉄のイヤラシイおねだりはどうやら救急救命士の彼にも聞こえたようである。

---おいおい、ちゅーだとぉ?勘弁してくれよ!

若き彼はゲンナリである。
何が悲しくて他人の、しかも野郎同士のキスシーンを見せつけられねばならないのか。

そう異議を申し立てたいのは山々なのだが……
今まさにあまり見たくもない光景が目の前で繰り広げられようとしていた。


「あのぅ、すんませんばってんが……」
「どうしたの?(俺は心は広いよ!∞に広いけどなあ、気色わりぃモン見せっと承知しねーぞ!)」
「ちょっと俺らを見んごとして欲しかです///」
九州地方の方言だろうか。
目を合わせるのが恥ずかしいのか伏し目で、マシュマロみたいな頬を染めておずおずと頼んで来た。

---な、なんかカワイイ……♡

「(え?俺今何て……?)いいよ」
彼は狼狽えながらも素直に目を瞑った。
お人好しな男……これは彼の性格を問われたならば、彼の上司や同僚からいの一番に返ってくる言葉である。


この瞼の下の瞳に自分の姿を再び映すことが出来るのなら……
猪里は青ざめた頬を優しく両手で包み込んだ。

「虎鉄……」

意を決し、ぎゅっと目を閉じ、
キスを待つ唇に自分の其れをそっと押し当てた。

ぴく。

虎鉄の指先が反応を示した。

義務は果たしたと離れようとする猪里の頭を、素早い腕がガシッと引き戻す。

「!」

力無く垂れ下がっていたもう片方の腕もゆっくりと猪里の体に廻される。

「んー、ん!」

舌が挿し入れられ、慣れとは恐ろしいもので人前であるにも係わらず猪里は受け入れてしまった。


---もういいだろう(ったく、やってらんねーよ!)
止せばいいものを、お人好しな上に単純な彼はうっすら目を開けてみた……


---はうっ゛!!!(硬直)


あろう事か、目の前の二人は舌を絡ませ合っているではないか。
けたたましいサイレンの音が無ければ間違いなく車内に響いているであろう水音まで立てて。

---ちゅーってアノちゅーじゃねーのかよ!!!(混乱)


「……ふ……っ……」

九州弁の少年は頭を掻き抱かれ、
下から攻めてくる舌に応えるのが精一杯といった態で、
呼吸も荒く目を閉じ、中腰のまま腰や背中を弄られるのを許し、身を任せている。

「んっ……」

手がカッターシャツの裾を捲り上げ、白い脇腹を撫で上げると体を捩った。

「は……あっ!」

指が薄桃色の胸の突起を弄ると我慢も限界らしく声を漏らした。

「あ、ぁん」

尻を撫で擦られると「もっと、」という様に僅かに腰を揺らした。


---こ、これはっ!
   この前借りた盗撮モノのAVよりクル!!!……かも。


ストレッチャーの上の少年は目が開けられないどころか、
相手の反応を愉しむように薄目を開け、瞳は淫らに煌めいている。
本領発揮といったところだろうか、
初め忙しなかった手の動きも愛おしむように緩やかになっていった。
その熱の籠もった愛撫に溶かされて、受ける側の表情は一層の色と艶を帯びている。

---チクショー!ガキのクセしてイイシゴトしやがんなあ!

歯噛みする勢いで悔しくなった彼は、大人げ無くもヘタクソな空咳をしてみた。

「んっん!(もぅヤメにせんかあ!誰がベロチューしてイイっつったよ!ヤメじゃー!コルァ!!!)」

その態とらしい咳にガバッと体を起こしたのは付き添いの少年である。
振り向いた顔の頬は薔薇色に染まり、
大きく見開かれた目は「見てたの?」と問うてきた。


---やっぱ、カワイイ♡…………




   って俺は一体全体どうしちまったんだよーーーッ!!!!!!


焦った彼は魂の咆哮を上げるものの目を逸らすことが出来ない。
まるで魅入られてしまったようなのだ。

少年は半開きの濡れた口をきゅっと引き結ぶと、咎めるようにうるうると目を潤ませた。

---た、頼むッ!そんな目で見ないでくれぇ!!!

「見ないでって言ったのにっ!見てたんでしょ?!おニイさんのえっち!!!」

決して声が聞こえたワケではない。
同性らしからぬお色気にクラクラして幻聴がキタのである。
なんてったって、彼氏の早技テクの所為でシャツのボタンは一番下を除いて全部外されているのだ。
そのあどけない顔のしどけない姿態に、惚けたように尚も視線は釘付けになってしまうよこのままでは道を踏み外してしまうよ俺はノーマルな男だってついさっきまでそう言える自信があったのに!でもこんな甘酸っぱい気持ちなんだか初めてなんだよ仕事中だってのにどうしたらいいんだよ!もぅお持ち帰りしてーよ!!!それじゃお縄になっちまうって!!! 明日の朝刊とかワイドショー賑わしちまうだろが!!! ああもうほんとどうしたらいいんだよわかんないよどうしようおしえてよぉママン!!!!!!
……もし実際喋ったとしたら、
ゼーゼー肩で息をしてしまいそうな程の情欲に身を焦がしているのに、
はだけた白い肌の鎖骨、見えそうで見えないチ☆ビがこれでもか!
と下半身に直下型の揺さぶりを掛けてキチャッタリした。


---この子は確かにカワイイ!それは認める!俺も漢だ、潔く認めよう!
   男なのにカワイイんだ!
   カワイイけど、男の子だ!男なんだっ!
   俺と同じモンが付いてるんだあああッ!!!!!!!


「見とったと?」

上気した頬を両手で包んだ。

「どがんしよ……恥ずかしかぁ///」

力が抜けたように隣にペタンと腰掛けた。
茶色い髪がふわりと揺れた。

「そ、そんなには見てない……よ?
(見ちまったよ!ああ、見ちまったさ!そのおかげでおニイさんココがコンナになっちまったじゃねーか!!! (泣)」

「ほんなこつ?」
斜め下から覗き込んできた。

---うッ、上目遣い!!!

「ほ、ほんとだよ!(勘弁してくれー!!!)」

「ばってん、誰にも内緒にしとって?」
縋るような、頼るような目をした。

---あああ、おニイさんもぅダメだあ!!!

「……ね?」
恥じらいながらニッコリ微笑んだ。


魂の咆哮(二度目)も虚しくあっさり彼は陥落した。


---今夜のオカズは、キミに決めた!!!!!!!



派手にイタイ彼だった。






(強制終了)










'04.3.4 初出