祭林組ビル会議室には大勢の構成員が先ほどから鮨詰め状態で着席していた。
何やら報告があるとのことで、
正面には長テーブルが設えられ、主が来るのを待っていた。





ききたいことが、あるんだ。





ドアが開き、入ってきたのは、若頭成田狂児。
今日も仕立ての良いスーツを着こなしている。
続いて入ってきたのは、華奢と言っても良いだろう体をスーツに包み、
眼鏡をかけた若い男。
男には相応しくない表現なのだろうが、楚々とした美しさがあった。

−−−あれ、あの子、どこかで……?
−−−シュッてして、いかにもリーマンてカンジやな……大学出たてぐらいか?
−−−なんやなんや、会計でなんかあったんか?それの報告かいな?

「皆、ごくろう。成田と聡実くんから報告があるそうやねん、聞いたってくれ」
「へい」
組長の声に、ヤクザ達は一瞬身を引き締めた。

「ほなら、聡実くん」
と紹介された青年が、一同を見回す。
「この度、成田狂児と入籍しました。聡実です。よろしくお願いします」
よく通るきれいな声だった。
そして、軽く頭を下げたあと、一瞬、隣に立つ成田狂児を見上げた。
微笑みを返す夫に満足したのか、再び正面を向いた。

−−−ええええ?!
−−−成田さん、マジでぇーーーーーッ?!
−−−相手、カタギやんな……で、男……?
−−−あっ!思い出した!〝紅〟や!令和のトシや!
−−−「地獄に落ちてまえ」って啖呵切った子や!
−−−覚えてるで!オレの歌「カスです」言うた子や!
  でも、あの子の言うたとおりノリのええ曲に代えたら、
  ハマってんや。感謝してるで!
  え?結婚したん?若頭と?え?
−−−成田さんの腕の彫りもん、アレ、ガチやったんか。
−−−アレいつやった?だいぶと前やで?その頃から?!
−−−「〝顔〟彫るんは勘弁してください!写真もないです!って、
   〝名前〟にしてもろてん。
   『ワシの記憶力なめとんのかワレ彫ったるわ顔面。
   「紅」歌うてるとこ彫ったる。ワシめちゃ感動したんやからな!』
    て組長に言われた時は肝冷えたけど、
    頼み込んで〝名前〟になってん。助かったわ〜」
  言うてはったやんな……
−−−狂児ぃ!お前の腕の彫りもん、なんで〝聡実〟やねん?って聞いたら、
  歌の〝先生〟の名前にしてもろたんです、て言うとったやんけ?
  なーにが〝先生〟や!嘘吐きくさって!
  歳の差なんぼや?お前が色々仕込んだんやろ?ええ?手取り足取り尻取り!
  お前が〝先生〟やったんやろ!
  こんな純情そうな子誑かしよって!後で聞いたるさかい!

ざわつく祭林組の面々。
下っ端から幹部まで、それぞれの憶測が部屋を満たした。

「……ていうことやから」
組長は皆を見据えて、満足そうな表情を浮かべた。
「質問ええですか?」
幹部席から手が上がる。
「どうぞ〜……て、なんでワシが司会せなあかんねん。誰か替われや」
「狂児が東京通うてるっていう噂はほんま?」
司会が替わるまで待っていられないとばかりに、問いを投げかけた。
「そうですねん」
狂児は落ち着いた声で答えた。
「お前、通い妻ちゅうヤツか?」
「そんなモンですわ」

−−−え?待って。妻?成田さんのほうが?
−−−若頭が下?
−−−うそお?!あの体格差で?
−−−ちょっと待ってくれや、さっぱり想像できひん。
「あ、通い夫って言うか?」
−−−やんなあ!びっくりさせんといて!

「おい、若頭の嫁さんやぞ、なんて呼ぶんや」
誰かの呟きは、思いがけず大きな波紋を呼んだ。
「姐さん?」
「男やぞ」
「兄さん?」
「紛らわしいな」
「聡実先生でええんとちゃう?」
〝聡実先生〟は苦笑いである。
「なんと呼んでくださってもかまいません。
 東京で働いてるので、こちらにはあまり顔を見せることないと思いますし」
「聡実くん、昨日も聞いたけど、それで若頭の妻がつとまるんか?」
組長は辛辣な笑みを浮かべ、聞いた。
「せやなあ……」
釣られるように、幹部席からも不安の声が上がる。
聡実は少し怯んだようで、隣に体を寄せ、小声で話しかけた。
「狂児、話と違うやん、ちょっと挨拶するだけ言うたやろ?
 こんな吊し上げ大会て聞いてませんけど?」
口元を緩く握った拳で隠しているのは、口の動きを読まれないためだろう。
「つとまるんかって聞いてんねんけどぉ?」
「え、っとぉ、」
畳み掛けるような追求に狂児までタジタジである。
「このたぬき組長クソウザいんやけど?」
「は、はは」
−−−構いたてると小さな可愛い牙を剥く。出会った頃と変わらへん。子犬ちゃんや。
「昨日狂児が、ガッツリ説明したやんな?
 聞いてなかったん?忘れてんの?もうお年やし、ボケてはんの?」
「ごめん、聡実くん、後で一緒にロケット花火1000発買うて組長の家打ちに行こな」
「めちゃ楽しそうやな、それ」
「な?もうちょっとやから」
「そこ!二人でこしょこしょ言うとらんと!」
痺れを切らした組長に急かされ、聡実はぎっと下唇を噛んだ。
「皆、答え待ってんで?」
置いてけぼりかと思われたギャラリーは、実は、
二人が内緒話をするのを微笑ましいと見守っていたのだが。

「僕が、別居婚でいい、お願いします、と頼んだんです」
−−−成田さんが頼んだんか。ガチやん。
「成田が、問題ないと、野球選手の妻と違うねんから、と。
 昨日納得していただけたと理解しておりますが?」
−−−キリッとして……聡実くん、おっとこ前やん。

「はは、せやったな。狂児の覚悟も聡実くんの覚悟も昨日聞かせてもろたからな。
 いけずして、ごめんやで」

「ほんまに食えん組長やな」
「ごめん、聡実くん」

「ま、ええわ、聡実くん、狂児をよろしゅう頼むわ……祝言いつあげるんや?」
「いえ、考えてません」
聡実の即答に、
「あげたらいいと思いまーす!」
と、どこからか声があがる。
「せや、せや!」
同意のどよめきで部屋が揺れ始めた。
「聡実くんは白のタキシード似合うと思うで!」
「狂児ぃ、花嫁衣装ぐらい着せたれや!この甲斐性なし!」
幹部席からは容赦のないヤジが飛んだ。
「ま、待ってください、式はあげる気ないです!」
当人の断言にも怯まぬヤクザ達。
その声は、次第に大きくなっていった。
「タッキシード!ソレ!タッキシード!」
湧き立つコールと手拍子に聡実も二度目の苦笑いである。
「なんやの、この人ら……アンコール!のノリでそんなん言われても」

その後、お開きになり、
当然と言えば当然なのだが、件の二人はドアから出ようとするところを捕まり、
質問攻めにあった。

狂児はのらりくらりと躱したが、
慣れていないのは聡実である。
しかし、意外と皆優しく、最初こそ緊張したものの、次第に解れていった。

「聡実くん、大丈夫なん?狂児ごっつ極道やで?ま、ここにおる奴みな極道やけどな!」
「また歌の指導しに来てや!
 せんせのアドバイス受けた八人のうち六人はまだ彫られてないねんで!
 すごい確率や!って評判なんやから!」
「でも、狂児さんは……?」
聡実は疑問を口にする。
「あ!一番弟子やったのに!」
「わはははは!」
と、こちらの囲み取材は和やかムードだった。

聡実が狂児を見遣ると、幹部に囲まれ逃げ出せないでいた。
囲みから頭一つ分以上は高いのに、身を屈めて、言い訳に終始しているようだった。

「狂児、お前歳なんぼや?五十やろ?大丈夫か?」
「嫁が若いと、のう?」
「東京から帰ったら、お前なんやニヤニヤしとったよな」
「え?僕、ニヤニヤしとりました?」
「エッチ思い出してたんや……狂児くんヤラシー」
「思い出してないです!」
「俺のマグナムが火を吹くでぇとか言うてんちゃうの?え?お前?」
「ちょ、ソレ、元ネタなんですの?」
狂児の焦りが聞こえて来て、聡実は気が気でなくなってきた。
−−−勘弁したってくれや、大阪のジジイは三人寄るとこれやから。

「聡実くん、緊張したやろ?喉乾いたんとちゃう?」
−−−あ、キティちゃん恐怖症の人や。
「飲み?」
彼はペットボトルのお茶を差し出した。
−−−あいかわらず優しいな。
渡される手にどうしても目が行ってしまう。
「はは、コレ?」
「あ、すみません」
「ええで?もう相棒みたいなモンや」
手の甲を見せながら、手渡してくれた。
−−−すさまじいキティちゃんや。狂児が必死こいてカラオケ練習する気持ちわかるわ。
「ありがとうございます」
にこりと笑って受け取った。
背後で夫へのイジリがヒートアップしていることなど知らずに。

「聡実くんて、お前が子犬ちゃんて呼んでた子やんな?」
「ええ、はあ」
「東京行ったら、子犬ちゃんにぺロペロしてもろうてんの?」
「え?」
−−−な、な、な、なにを言いだすねん、このジジイ。
  あ、ジジイとか言うたらこの人のトカレフで頭撃ち抜かれてまうな。
「じょうず?子犬ちゃん?」
−−−俺の子犬ちゃんを、聡実くんを、そないに言わんといて!
  汚れてまうやろ!
  あ……
  でも、たしかにかわいいねん、アノ時の聡実くん。
  もうめちゃかわいい。
 「狂児さん、気持ちいい?」って聞かれた日には、
  もう……もう……!
 「すごく、ええよ」って頭撫でたら、なんやちょっとうれしそうにはにかんだりすんねん。
  なんやねんやろな、あの子、普段はえらい塩やったりするのに……
「狂児?なに思い出してんねん」
−−−あっ、子犬……子犬か……アノ時の聡実くんな、
  美味しそうに、俺のをな、ペロペロして、せやな、言い得て妙やな……
「あかん、狂児固まってもた」
−−−思い出すわ……初めての時、
  無理せんでええ言うてるのに、
  「僕がしたいねん」言うて、ベルトのバックルを、
「きょおじぃ!」
ビシッ!
「いたッ!」
狂児は脛を杖で打たれ、我に帰った。
「なに目ぇギラつかせとんねん、まだ昼やど?」
−−−アンタらのせいやん!
  子犬ちゃんが汚れてもうたやん!
  …………………………
  ……あ、汚してんのは、俺か?!
「や、あの、」

幹部のお歴々は、まさかこの程度のワイ談で、
極道としての逸話に事欠かない成田狂児がポンコツと化すとは思わず、
まるで新しいおもちゃを手に入れたように、目を輝かせている。
「狂児も人の子やってんな、おっちゃんうれしいわ」
「お嫁さんに挨拶しとかな」
「ちょっと、奥さーーん!」

奥さんて?僕のことやんな?と聡実は振り向いた。
−−−うわ、それにしても迫力あるおじいちゃん達やな……
  きっと偉い人らや。行かなあかんか。
「初めまして、あの、聡実です」
「「「聡実くん、こんにちはあ!」」」
「狂児、さっきからなんや様子がおかしいてな」
−−−頼むから聡実くんに上手なん?とか、ぶっかけられてんの?とか振らんといて!
狂児は冷や汗ものである。
「そうなんですか?狂児さん、大丈夫?」
眼鏡のレンズ越しに、大きな垂れ目がちょっと心配そうに見上げてくる。
−−−かわいらし〜〜〜!
  もうこの後、ホテルしけ込まな、
「まあ、あれや、狂児、こんな部屋でお披露目とかないで。なあ?聡実くん?」
「いえ、僕は、ここで充分ですので」
話題が移ったようで、狂児はホッと胸を撫で下ろした。
「聡実くんを高砂へ上げたれや」
しかし、一難さってまた一難。
「そうや、後ろホワイトボードやったやんけ」
「金屏風や、狂児」
「せや!花、酒、おしゃんなフレンチや!何もないやんけ!ここには!」
「これから式場行って、いろいろ決めろや」
「そんな、無茶な」
「なあ、狂児さん、」
聡実が狂児の腕に縋り付くように自分の腕を絡ませた。
「僕、気が変わった」
「えっ?」
「ほな、式場行って、いろいろ決めましょか?」
狂児の目が驚きで見開かれるが、
聡実は臆せず、ぐいっと腕に力を込め耳を引き寄せ、囁いた。
「もう収集つかんでしょ」
身長差のせいで聡実の白い首の上下する喉仏が晒された。
−−−うわ、甘えるような目ぇして。
−−−ワイシャツの首元……白ぅて……
−−−肌、きれいなぁ……
−−−男と入籍て?!狂児、正気なん?って思たけど、聡実くん、アリやな。

「ほんまに行くん?」
「まさか。○ーナン行って、売ってるだけのロケット花火買い占めるんやろ?」
「ああ!せやな!」
−−−その後、ホテルや。

二人は手を取り、再び出口に向かった。
「このような席を設けていただき、ありがとうございました!」
去り際の聡実のお辞儀が可愛らしく、ヤクザ達の心は癒された。

「狂児と聡実くんは?」
組長は話し込んでいて、二人が消えたことを知らなかった。
「もう行きましたわ」
「なんやあいつら、ワシにいとまの挨拶もナシかいな」
「ブライダルフェア行くらしいですわ」
〝式場に行く〟が口伝されるうち〝ブライダルフェアに行く〟と変換されてしまったようである。

「ブライダルフェアやて?!ワシも行きたいねんけど!」

名は体を表すと言う。
祭という祭には全て首を突っ込まないと気が済まない祭林組組長であった。









よりぬきお題さん。