風呂も入ったし、ビール開けよかな……思ったら、
着信の音。
誰や?
スマホを取ってみれば、画面には「おかん」の文字。
あぁ、これから録画したドラマ観ようと思っとったのに。




いつもとおなじ が こんなにたいせつ




「はい」
「お兄ちゃん?今ええか?」
「ええよ」
「……あのな、聡実のことやねんけど」
「どうしたん?」
「今日、卒業式やってな、」
「ああ、おめでとう言っといて」
「うん、そんでな、卒業証書は持って帰ってきたんやけど……
 文集がないねん」
「文集?」
「せやねん、正実は部活のこと書いとったやん?あれや」
「ああ!せやな、あったな」
あんな文集がどうしたっていうねん。
変わってんなあ思ってた奴はやっぱりようわからん文書いとったな。
先生のコメントとかたまに面白いのあったけど、それがどないしてん?
「読みたいやん、正実の時のも面白いのあったし……なぁ?」
「せやなぁ」
「聡実に文集は?って聞いたら、ない、捨てたって言うねん!」
「捨てたんか」
「なんでやの?読みたかったのに、言うたら、
 別に読まんでええ言うねんで?信じられへん」
聡実は四月一日生まれのめっちゃ早生まれで、
親も小さい頃は気を揉んだみたいやけど、
無事に高校卒業したんやし、大学にも行くし、
正直そんなんで信じられへんとかないわーって思った。
思ったんやけど、早う電話切り上げたいし、話合わせることにした。
「ふーん……」
「でな、そんなら2号棟の三島さんとこ行って貸してもらうわ~って言うたらな、
 なんでそこまでして読みたいねん!って怒りよんねん」
「三島さんとこって女子やろ、やめたりぃな」
「えー、でも、三島さんしかおれへんねんもん」
「まあ、なんやろ?親には読ませたないんかなぁ」
あかん。うっかり火に油を注いでしもうた。
「な?そうとしか考えられへん。ますます気になるやん?」
「で、貸してもろたん?」
「明日行くねん。三島さんもお安い御用やでって言ってくれたし」
「あ、そう」
貸してもろうてから電話かけてきぃなって思うわ。
「それがな、電話で頼んでんけど、三島さん変なこと言わはるんよ」
「変な……」
嫌な予感がする。

「三島さんな、涼子ちゃんが、あ、娘さんな、聡実と同級の。
 岡くんのおばちゃん読まへんほうが良いんとちゃう?
 あ、でも、知ってはったら……ご家族公認やったら別に良いけど……
 そうやないんやったら……とか言うてるんやけど?……って!」
「何それ……」
「もうお母さん気になって気になって、
 何をわたしは知らんのかいな?!ってなってな、
 でももう、こんな時間やし……
 三島さんに血相変えて来はったわー思われても、アレやん?」
「せやなぁ」
「明日も仕事?」
「せや」
「ファックス持ってたっけ?」
「んなもん、ないわ」
「お母さんがまず読んでみてな、ちょっとこれはどないなってん?!
 ってコトが書かれてたら送ろー思うてんねんけど?」
「なら、スクショ撮って送って」
「ああ、そうか!そうするわ!」

次の日、
また夜に送ってくるんかな?思ってたら、昼に送って来よった。
平日で仕事あるし、おかんも遠慮したんかパートで忙しいんか、
スクショ送ってきただけやった。
コンビニ弁当食べながら読んだ。
肝心の聡実の文やけど、
ほんま、”ちょっとこれはどないなってん?!”って内容やった。
中三の時ヤクザ相手に歌の指導してたやって?!

俺が一番びっくりしたんは、
「真っ赤でつやつやないちごを見ると脳みそまで甘くなったようでした。
 それは悪い気分ではありません。」
ってとこ。
聡実……これは……あかんで……

ちょっと聞いてみなあかん、逸る気持ちで、屋上に上がった。
三月初め、時折吹き抜けるビル風はまだ冷たいけど、
デコに受ける日差しは、ぬくい。

“聡実”選んで📞マークをタップした。
遊びに出かけてるかもなあ……
でも意外とすぐ出た。

「今どこ?」
「家におるよ?」
「一人?」
「うん」
「卒業おめでとう」
「ありがとう……なんなん?それ言うためにわざわざ?仕事は?」
聡実がまだ寝てる間に母さんは三島さんとこ行って、文集借りて、そのままパートに行ってんな。
こいつだけや、まだ何も知らんのは。
嵐の前の静けさの内になんとかせんとややこしなる。
「おかんから聡実が文集見せてくれへんってな、昨日な……」
「はー?兄ちゃんまで巻き込んでんの?しつこいなぁ」
「で、さっきスクショ送ってきよってん、お前の書いたやつな」
「ええ?そこまでする?!ひょっとして三島さん経由?」
「たぶん、そうや」
「もう……勘弁してくれや……」
「隠されたら見とうなるもんやで」
「うん、わかるけどぉ」
「聡実、あれはほんまなんか?”狂児”っていうヤクザ」
「……ほんまやよ」
文集読まれたら、”ほんま”がバレてまう。
あの日、聡実が部長やのに合唱祭ブッチしたっていうのバレてまう。
ブッチしてどこで何してたかバレてまう。
だから、聡実が母親に見せたくないのは、ようわかる。

記憶の糸を手繰り寄せながら、聡実に聞いた。
「合唱祭、声出んようなって、しんどなって精神的に不安定になって、
 行きたくなくなってとか言っとったけど?」
「うん、嘘ついてごめん」
「俺知らんかったけど、いちご狩り?の時もサボったんやな?
 サボってカラオケ行っとったんやな?」
「なんや、刑事から取り調べ受けとるみたいやな」
「お前なあ!おかん帰ったら、こんなんですまへんで?」
「ああ、そうやな、うん、行っとった。カラオケ」
「しゃーない。おかんから尋問されたら、全部フィクションやって言っとけ」
「えー?無理あるんとちゃう?」
「しゃーないやろ?済んだことやけど、
 部長が合唱祭で歌わずにスナックでヤクザの前で”紅”歌いました、って書いてあんねんで?!」
「……うん」
「なあ、組長はほんまに泣かはったんか?」
「そうや」
「聡実、歌うまいもんなあ……って感心しとる場合やないわ。
 あの日、おかんめっちゃ心配してたんやで?」
「うん、わかってる」
「はじめっから詮索されるようなこと書かんかったら良かってん。
 あんなもん、修学旅行のタイムテーブルとかそのまま書いとったらええねん」
ふふって笑う声が聞こえた。
「そうしたら良かってん!わかってるか?!」
「わかりました。以後気をつけます~」
「お気楽やなあ……おかん今めっちゃぐるぐるして心の中修羅場やと思うで。
 そうやなあ、うーん、そうやなぁ……
 その時読んでた小説に感銘を受けて真似したとか言うとけ」
「え~?」
「書くネタに困って、って言っとけ」
「読んでみたいわ、その小説」
「お前なあ!」
「はは、ごめん」
「ロープレしとけよ、こう聞かれたらこう!ってな、フィクションやって貫き通すんやで?」
「うん、わかった。ありがとう」

いつ東京来るんやー?引っ越し手伝うでー?
てな当たり障りのない会話の後、電話を切った。
なんで東京大阪間の距離を超えて俺が世話焼かなあかんねん。
おかんもおかんやけど、聡実も聡実や。

しかし、思い出すなあ……
あの日の夜、
聡実は、煙草と酒と香水が入り混じったような匂いさせて帰って来た。
咄嗟の判断で、親の前に出したらあかんと思った。
「今まで何しててん、汗臭いで、風呂入り」
俺の目配せにハッとした顔して、逃げるように風呂場に行った弟。
きいきい言う母さんから守ってやったんは、兄ちゃんやったやろ?
せやから、俺の言うこと聞いとったらええねんって思うんや。
思うんやけど、
俺は、肝心なことはとうとう聞けずじまいやった。
聞きたかった。ほんまは。

「狂児って人に恋してるみたいに読めたで?」って。






よりぬきお題さん。20.10.18