「きょうじのあほ」
トーク画面に現れた字面に俺は困惑した。
「あほとはどういうことですか?」
そう返してみたが、案の定梨の礫。既読も付かない。
取り急ぎシノギ先へ電話する必要があり気になりつつ、気がつけば、もうかれこれ十五分は経っている。
「なんであほと言われるのかわかりません」
もう一度送ってみた。またもや、既読は付かない。
「わからないからおしえて」
聡実くんは今バイトに勤しんでる時間だというのはわかっているので、これを最後にラインを送るのはやめた。
そう。わかっているのに、送らずにいられなかったのだ。
恋人からいきなりあほ呼ばわりされてスルーなど出来はしない。また、するつもりも無いが、バイトが終わるまで我慢するしかなさそうだ。




Spring has come.




俺がくだらないことを言って、呆れたように返される『あほちゃう』、そして、
色々思うところあって不安から零してしまい慰めるように言われる『狂児はあほやなぁ』……
たぶん、そのどちらでもない。と言うか、何に対しての「あほ」なのか本当にわからない。
—— 俺は何をやらかしたんや?
一昨日東京のホテルで幸せな夜を過ごして、昨日夜、後ろ髪引かれる想いで大阪に帰ってきた。
その二日間に思い巡らせてみると、心当たりが無きにしも有らずなのだが……

一昨日聡実くんは焼肉食べたいと言ったのに、俺が『焼肉昨日食べてん。あっさりしたもん食べたい』と言って、
和食にしたのがいけなかったのか?食べ物の恨みは後を引くものだし。『二日続けて焼肉はしんどいねん。おっさんには』って言ったら納得してくれたし、大阪に本店がある料亭を選んだのが功を奏したらしく、刺身美味しい天ぷらもサクッとしてて美味しいと喜んでたような。
『この小鉢なんやろ?』『ぬたやな』『なんでぬた言うんやろ?』『さあ?でも、ぬた!ってカンジするやん?』……この返事は我ながらあほやったとは思うけど。
—— これは、セーフなんちゃう?
その後行ったカラオケは特に問題なかったと思う。いつも通りの聡実くんだった。

その後はホテルだ。あほなことをやらかしたのなら、ここだ。きっと。
部屋に入って、少し喋って、聡実くんは風呂に入った。
風呂に乱入したのがいけなかったのか?
これはしょっちゅうしていることだし、特に咎められはしなかったと記憶しているが……
しかし「僕もう出るから」と言うのを引き止めて、頭から全部洗って貰ったのはやり過ぎたかも……甘え過ぎたかも。
—— いや、大丈夫やろ。
「ごめんな、バイトで疲れてるのに」って言ったら「ええですよ」ってニコッってしてたから、思い出して「あほ」と送る程でもないだろう。

洗ってもらった後、後ろから抱くように湯に浸かって、襟足のきれいな首にキスしたら催してきて、聡実くんも気がついて振り返った。
その頭を掻き抱いてキスした。初めは軽くだったのが次第に深くなっていき、止まらなくなった。
もうこれは、ここでヤらな……そんな雰囲気になったので、俺はおっ立てたまま、ローションとゴムを取りにベッドルームに戻った。「ちょっと待ってね。聡実くん」と言い置いて。
ラグジュアリーなバスボムやらボディソープやらシャンプーといったバスアメニティは揃ってるけど、肝心なモノが無いので、致し方がない。
—— さっぱりとムードなかったな。一応バスタオルは巻いたけど。
   それに、風呂の壁が強化ガラスっていうのも考えもんやわ。丸見えやったもんな。
バスタブに浸かってた聡実くんの目には、おっ立てたまま出ていって目当てのブツ持って帰ってくる間抜けな俺が映ってた筈。
若くて夢見るお年頃の聡実くんは呆れたかもしれない。おっさん今日はえらいガッついてきよんなって。
—— せやな。何も風呂でおっぱじめようとせんでも、ベッド連れて行けば良かったんとちゃう?抱っこして。
聡実くんは、ちょっと幻滅したかもしれない。
でも、呆れてはいなかった……のでは?
寧ろ、待ち切れないといった風に見えた ——
バスタオルを放って湯に浸かろうとしたら、緩く制されて、足を浴槽の中に淵に腰掛ける格好になり、聡実くんの目の前にナニがそそり立つこととなった。
「どしたん?なに?」
「……いっつも思うけど」
ちょいとつつかれ、ジッと見られた。
「聡実くん、あの、恥ずかしいねんけど」
「……大きい……」
「まあ、聡実くんよりは?」
「僕の二倍あるかも」
「そんな、ないって」笑って頭を撫でると、聡実くんは小首を傾げて可愛いことを言った。
「これ、ホントに、僕の中に入ってるん?」と。澄んだ茶色の目を上目にして。
—— 俺はこれに煽られた……聡実くんの所為や。風呂でおっぱじめることになったんは。
「……しゃぶる?」
「……ん」
俺の太腿の間で、舌を這わせる表情は堪らなかった。
感じているのか気になるらしく、時々顎を上向けて伺うような視線を向けるのもとても可愛かった。
あの時の聡実くんが、湯の中に座り髪も体も濡れた聡実くんが、
苦しいだろうに可愛い口で俺のを喉の奥まで一杯に咥える聡実くんが思い出され、下半身に血が集まってきて、呆然として意味もなく歴代組長の遺影などを見上げてしまう。
自分に裏切られた……と言うか、自分の息子に裏切られたと言うか、ヒモやってた若い時でさえこんな現象には見舞われなかったのに。
今居る此処は組事務所なので、他の奴に気取られないようにしなければならない。自然と座る姿勢が前屈みになって、ええおっさんがどないなってんねん?などとセルフ突っ込みまでして苦笑が漏れた。

「狂児〜、カツ子さんとこ行かへん?」
背後のドアが開いて、昼飯の誘いだった。
「いや、ええわ」
俺には宿題があるので。聡実くんが今日のバイトを終えるまでに答えを見つけなければならないので。

何を以てしてあほ呼ばわりに至ったのか、記憶の糸を手繰り寄せる ——
腕を掴んで引き上げると、のぼせたのかしゃぶりすぎたのか聡実くんは少しふらついた。
「がんばりすぎや。だいじょうぶ?」
「だいじょうぶ」
腰の上に跨らせ、後ろを解すと、体をくったりと預けてきて、俺の肩に吐息を吐いた。
ゴムを装着し終え貪るようなキスに没頭し、ふと唇を離した時、聡実くんは口角を上げて微笑んだ。とてもきれいだった。
そして、手を添えて細い腰を沈めてきて、そのままゆるゆる揺さぶられた。ぎこちない動きが初々しいと思った。
二人の間で揺れる聡実くん自身も。
—— ここまでは問題ない。ここからや。
腹に一物ある俺は、両腕を首に回させ、尻べたをがっつり掴んだ。
「つかまって」
「え?」
足を踏ん張って立ち上がった。外れそうになったけど、何とかいけた。
「あぁ!」
聡実くんはびっくりしたらしく、やや大きな声を上げた。
「なに?!こわい!高い!」
目線の高さがいきなり俺と同じになって怯えていた。
「駅弁って言うねんで」
「へっ?!」
「しっかり掴まっとき」
足も尻も宙に浮いて怖かったのだろう。言うより早いかぎゅっとしがみついて来た。
このまま方向転換して、繋がったままベッドに運んでも良いなと頭を過ったような気がするが、
突き上げてみたら、熱くきつくまとわりつく聡実くんの中が気持ち良すぎて、腰を振りあげるのを止められなくなった。
そのままゆっくり律動すると、聡実くんも声を上げ出した。
「あ、ぁ、」
顔が見たいのに、首にしがみつかれていては、叶わない。
一歩前へ出て、壁に聡実くんの背を押し当て、尻を掴んでいた手を滑らせ、素早く両の太腿を抱えた。
「あ、あッ!」
聡実くんは最中に時々、俺の腕の〝聡実〟に顔を寄せたり、手でするっと撫でたりするけど、
この体位では無理だ。当人の左の脹ら脛に覆われてる。
「左見てみ?」
左には大きな鏡があった。
「ほんとに入ってるか、見れんで?」
「いやや」
右の腕をぐいと上げると、聡実くんの左腿が上がる。
俺たちのしどけない姿がちょっと視線を移すだけで見れるのに。
「むり、むりやから」
俺の左肩に載った頭は、いやいやをするように揺れた。
耳が真っ赤なのが可愛らしくて、舌先でくすぐった。
「ほら」
もう少し腕を上げてみた。
「いやや、見られへん」
「入ってるで?見ぃひんの?」
「見ぃひん。狂児もみたらあかん」
「写真撮りたいわ」
「撮ったら殺す」
「手ぇ離したら聡実くん落ちてまうから、無理や。残念」
—— 撮ったことなんてないし、二人とも冗談だとわかってた。
「せやったら、顔見せて」
胸を反らして押し、下から突き上げた。
「あッ」
左肩を揺すって頭を剥がすように仕向けると、諦めたように俺の首を解放し、手首の内側を上に、壁に手をついた。
「すべる。こわい」
やっと現れた顔は、白い二の腕の間で余裕なさげに喘いだ。
「ちゃんと抱えてるから」
風呂の濡れた壁はするするとよく滑り、俺の動きに合わせるように聡実くんの体は上下した。
「あぁ、きょぉじ」
聡実くんは仰け反り、また一段と俺のを深く咥え込む。
「なに?」
「きもちいい」
何せGがかかる。奥を突かれ続けて蕩けるような表情。酷く煽られた。
「もっと?」
「もっと、して」
「見ぃひんの?」
鏡を見るように促す俺は、意地が悪かった。
「見ぃひん、けど、もっと、して」
可愛いおねだりに白い二の腕の裏を舐め、腰を振り上げ応える。
応えて、応え続け、腹の底から湧き上がる熱が出口を求めるままに任せて果てた。聡実くんの中に。
「は、も、いく」
聡実くんもまた、腹に散らした。


さあ、聡実くんはバイト終わった頃だろう。
もう一度ライン送ろうか思案して、思い切って電話してみた。
「はい」
三回のコールで出てくれた。
「バイト終わった?」
「うん」
「聡実くん……あの、」
「ああ、あほって送ったこと?」
「そうです」
「わからへん?」
「あー……鏡見ろってしつこかった?」
「あはは、それは別に」
気にしてなさそう。よし、次はどうにかして見せたろ。と頭に留め置いた。
「あのな、バイトの同僚に『岡くん、腕、どうしたの?噛まれたの?』って言われてん」
「ああ?!」
俺は聡実くんの二の腕の裏に噛みついた。確か右の。
イキそうになるのをもうちょっと堪えたかったから。夢中で。多分。
「その子、僕がコーヒー豆補充する間、腕ジーッと見てきて……」
聡実くんのバイト先のユニフォームは年がら年中半袖だ。
そして、確か、コーヒーマシンの豆を補充するケースは高所にあった筈。半袖で腕を上げると……
「見られてしもたんか……」
「めちゃニヤニヤされてんけど。『すごい子と付き合ってるんだな?』って言われてんけど」
「ごめん」
「吃ってしもたわ。どッ、獰猛な子やねんって」
「獰猛でごめん」
「コーヒー豆ひっくり返しそうになってんから」
「それは……あほって言いたくもなるわな。今度は焼肉にしよな?」
「うん……狂児さん、ちょっと聞いてもええ?今一人ですか?」
くるっと周りを見渡してみる。誰もいなかった。
「ん?なに?一人やで?」
「駅弁って、なんで駅弁言うんです?」
「ああ、昔、駅で弁当売りさんが首から紐で吊るして……腹の前にケースみたいなん抱えて弁当売ってたからな」
「そんなん見たことないわ」
「俺かて見たことないけど、まだやってる駅あるみたいやで?どこやったかな?」
「今も?うせやん」
「あ?狂児さんの言うこと疑うんやな?やったらアニキに聞いてみるさかい」
「もう、聞かんでええから!今度顔出した時いじられるやろ!」
俺はスマホを顔から少し離して、マイクを手でちょっと抑えて一芝居打った。
「あ、ちょうどいいところに、アニキ〜、駅弁て、」
「聞かんでええって、言うてるやろ!」
焦ったような声がかわいい。
「あ、エロいほうの駅弁ちゃうくて〜、ま、ちょっと関係あるけど〜、
 あの格好で売ってる駅弁ありましたよねえ?!……えッ?ある?!
 ほら、やっぱりあるって!」
スマホを遠ざけたり、近づけたり、自分でもようやるわと思う。
「なに大声で聞いてんねん!」
「アニキ〜、も一つおしえて!どこの駅か知ってはります?
 え……?
 残念、聡実くん。忘れたらしいわ。自分で調べろやて」
「あ、名前出しよった!狂児のあほ!」



成田狂児の後方、ドアの隙間から、中を伺っている顔が二つあった。
「小林さん、あの……成田さん何やってはるんです?」
「アイツな、今、この世の春やねんな……謳歌してんねん……そっとしといたり」
「はあ……」