髪と体を洗って湯船に浸かると丁度いい湯加減で気持ちいい。
長く浸かっているとこの前みたいに寝てしまいそうになる。









11:45pm[side虎鉄]









今日猪里に突き飛ばされた。
あんなことしたから。


スウェーデンリレーで走ってる時は、
「猪里見てくれてるかNa」なんて一瞬思った。
猪里が抜かした時は「やったNe☆」なんて思わず口走って、
同じクラスの野郎に怪訝な顔された。

借り物競走は傑作だったZe。
猪里は借りてくる物が書かれたメモまで一番で走ってきたのに、
そのメモを見るなり目を丸くして、ちょっと泣きそうな顔になった。
可愛くて目が離せなくて、ずーっと見てたら、
意を決したように2年の観覧席に走り、きょろきょろしていた。
そしてなんと鹿目先輩を呼び出し何か頼みだした。
先輩は何か喋りながら本当に嫌そうな顔をしてたけど、
諦め顔で首に巻いていたマフラーを渡した。
猪里は深々とお辞儀してやっとトラックに戻ったけど、
ゴールした時はビリッケツだった。


一緒に弁当を食べながら、聞いてみた。
「借り物競走の紙、なんて書いてあったんDa?」
「かわいい先輩のかわいいアイテムって書いてあったとよ」
口の中の飯を吹き出しそうになって猪里を見ると、
やれやれという表情をしていた。
「ったく、なんねアレ」
悔しさが込み上げて来たらしく口調はやや厳しかった。
「だから鹿目先輩のマフラーだったんKa」
「見とったとね?」
「オレはいつでもお前だけを見てるZe」
「……あほぅ。
 津島さんやら平泉さんはすぐ目に付いたんに、鹿目先輩な、おらんとね思たら、
 三象先輩の肩に乗っとりんしゃったが」
「そりゃ見晴らしよさそーだNa。
 ってか女マネとかでもよかったんじゃNe?夜摩狐さんとか?」
「あ、そっかー!……俺、鹿目先輩しか頭になかったけん……」
「ま、二重人格って噂もあるけどYo」
「え?そうなん?」
「獅子川の兄貴から聞いたんだけどNa、すげぇらしいZe」
「へえ……」と意外そうな顔。
「えらい時間かかってんNaと思ったらそういうことだったんKa」
「もう、ドベやら初めてばい!歯がいかぁー。鹿目さんには、
 『おばあちゃんが一目一目心を込めて編んでくれたのだ。汚したりしたら承知しないのだ』
 やら言われるし、最悪たい」
「鹿目さんらしーよNa」

「……ばってん、まあ、長戸よりゃましかもしれんばい」
ぶーたれてるかと思ったら、何か思い出したのかにこっと笑った。
くるくる変わる表情から目が離せなかった。

「長戸はなんだったんDa?」
「ズラの先生て書いてあったとよ!」
二人してあのセンコーか?とかアイツもあやしいとか言って笑って。


ダチとするような他愛の無い会話の端々にも、
何だか昂揚してる自分に気付かされて。

本人は嫌でしょうがないと言うBabyface、声は勿論、
訛りやしっかりと地に足がついた様な性格までも愛しくて。
要するに、猪里の全てが自分を煽るから……

---オレだけの猪里になって欲しくて。



湯船の縁に両腕を組むように置き顎を載せる。
洗った髪から肩に落ちる滴が冷たい。

あんなことしなきゃよかった。

---……でも抑えられなくTe。

帰りも先に帰られちゃったし。

---かーなーり、凹んだZe。

猪里がキスより先を望んでないのは判ってる。

---わかってるんだけどYo。


   ……欲しくてタマラナイ。


ざばあと湯船から出て風呂場を後にする。
煩悩を消し去るようにわしゃわしゃと髪を拭いて、
鏡を見ると、バスタオルを肩に掛けた自分の姿が映っている。


---オレの……

   明日は……どっちDa?



















(’03.10.28初出)