秋の空は高く、空気は澄んで気持ちよい午後だった。


中庭にある日の当たるベンチに座って、
今日も、虎鉄と猪里は弁当を食べた。
クラスが違うのでこの時間は結構貴重である。








負けたくない








食べ終え、弁当を包み直し乍ら虎鉄は欠伸した。
「Hahoon……」
「眠いん?」
「N、オレ寝るWa。猪里膝枕しTe?」
「ばかなこつ言うんやなか」
「おねGaい」
言うなり、猪里の腿に頭を載せようとした。
「虎鉄!」
猪里がさっと横に腰をずらすと、支えを求める虎鉄の頭は固い木のベンチを打った。
「いっTeぇ」
「俺、もう行くけんね」
「もう、行くのかYo」
「図書室に本返しに行かんば」
「図書室Ka……」
図書室に足を踏み入れたこともない虎鉄である。
「どーしYo」
猪里といたかったけれど、睡魔には勝てず、
暖かい日差しの中で惰眠を貪ることにした。
「やっぱ寝Ru。じゃ、部活でNa」
「おう」

しかし、あまり人気のないこの場所ではあったが、
時々生徒が前を通ったりするので、落ち着かず、眠るにはちょっと五月蠅かった。

「図書室ってどこDa?」



---えーTo、確か……Oh、ここだNa。

図書室の戸を開けると教室とは違った匂いがする。
沢山の本が醸し出す匂いを虎鉄は好きになれなかった。
棚と棚の間を覗き込んで猪里を探す。

猪里は棚の上の方に手を伸ばしていた。

「猪里」
「寝るんやなかったとね?」
「寂しくTe」
猪里はやっとられんとばかりに溜息を付いた。
「お前、あの本取れる?」
「任せときNa」
しかしその本は思いの外高い位置にあり、虎鉄も目一杯背伸びしなければならなかった。
踏み台もあるのだが、取りに行くのが面倒だし、
第一、男が踏み台に載るなんて格好悪い。
そんな理由で猪里も自分の身長では無理だと早々に気付きはしたが、
それを取りには行かなかった。

「これKa?『おてあらいけつのあいさつ』Ka?」
「ぶっ……」
猪里は吹き出してしまった。
虎鉄が漢字が苦手なのは知っていたけど、
此程救いようが無いレベルとは知らなかった。
「なんだYo!こんな変なタイトルの本読むのかYo」
「虎鉄、それな、『みたらいきよしのあいさつ』て読むとよ」
笑いを噛み殺して、間違いを正した。
「知るかYo!んなもん」
「それやのうて、その右の取って」
「これは読めるZe。『いほうのきし』だRo?」
「はい、正解」
虎鉄は取った本を猪里に渡す。
「猪里?」
「んー?」
猪里はぱらぱらと本を捲って、虎鉄には目もくれない。
「お礼Wa?」
「ありがと」
猪里は本に視線を落としたまま素っ気なく答えた。
「言葉はイイかRa、ちゅーシTe」
「ん。……はあ?!」
「ほっぺでいいかRa」
虎鉄はくいと左頬を猪里に向けた。
「バカも休み休み言え」
「やっぱムリ?」
「ムリに決まっとう」

「じゃあ、コッチからイタダキマSu」
狙った獲物は逃がさないとばかりに、素早く猪里の柔らかな唇を掠め取る。

猪里の頬は見る見るうちに赤くなって、体は硬直してしまった。

はっと我に返った猪里は目の前の脂下がった笑顔を張ってやろうかと、
取り敢えず本を閉じ、右手を空けた。

「取れなかったRa、また呼んでくれYo」

ぷち。

こめかみの辺りで何かがキレた。

「虎鉄」
「N?」
「俺の兄貴な、今、高3なんよ」
「おう、この前聞いたZe」
「兄貴な、1年の時は俺と同じでこまかったばってん、2年になって10cm伸びたとよ」
「高2De?すげーNa」
「俺も来年は其れ位伸びるとかいな?って期待しとるっちゃん」

猪里はちょっと勝ち誇ったように微笑んだ。

泡を食ったのは虎鉄である。

「マジかYo!」
「マジばい」

……俺より背が高い猪里……それも、その計算でいくと5cmも!

まるっきり逆転Jaん!

「やっBeー……」

「やばかろ?」

猪里はクスクスと声を押し殺し笑っている。その笑い方は某先輩を連想させた。




その夜、虎鉄はベッドに寝そべり、雑誌を捲りながら、
「背を伸ばす最強通信講座」だの「全国各地で成功者が誕生中!」だの、
「20才を過ぎたって背はまだ伸びる!」
だのと書かれた広告ページを食い入るように見詰め、
深々と溜息を付いた。
そして、挙げ句の果て、母親に悪態を付いた。
「なんで親父もオフクロも小せぇんだYo」
父も母も、彼らの年代の日本人平均身長に少し足りなかった。
「高くないけど、日本じゃそんなに困らない身長よ」


「オレは困るんDa!!」


一年後、二人の身長差がどうなっているかは、神のみぞ知る。












よりぬきお題さん。(’03秋初出)