SHR終了のチャイムが鳴った。

1ーE 教室において、
梅星塁は机上に写真を並べ、整理に暇がない。

これから野球部は地区予選が始まる。
取材にも写真撮影にも自ずと熱が入る。








大丈夫、知ってるから。









「コレくRe」

一枚の写真が消えるのと、声が降ってくるのは同時だった。
「ダメですわ(拒)」
梅星は、すばやく机上に目を走らせ、
今横に立っている人物のアップが残っているのを確認した。

では、どれをくすねたのだろう?

「なんDe ?」
「これから会議があるんですの(説)
 全部揃ってないと、私が先輩から叱られますの(困)」
「一枚ぐらい、EーじゃねぇKa」
虎鉄は早くもその写真を胸ポケットに仕舞い込む。
「ちょっと、」
焦りながら、忙しなく机上の写真に目線を彷徨わせる。

「え……?(訝)」
梅星は、消えた写真がどの人物を撮ったものなのか、気づいた。
「……虎鉄?」
顔を見上げ、見咎める。
「あなた、猪里くんの……?(問)」
「チッ」
しくじった…そんな表情が張り付いていた。

「言うんじゃねーZo!」
虎鉄はひらと身を翻すと、机の間を通り抜けて行った。
「何ですの?盗んでおいてその言い草は!(責)」
椅子から立ち上がり、その背に向けて文句を投げる。
しかし彼は風のように、教室を飛び出して行った。

「後で焼き増ししてあげますわ!待ちなさい!待って!(懇願)」

廊下を駆けながら、梅星は思い出していた。
先日の部活中の出来事を。

レンズを彷徨わせ、野球部の練習風景を何枚も撮っていた。
年功序列の風潮は変わらず続くようで、
3年生だけが練習試合に出掛けていて、2年生と1年生が留守を守っていた。
束の間ではあるが、彼らは伸びやかに練習を楽しんでいて、
そんな様子を撮るのは楽しいと感じた。

一塁辺りに虎鉄と長戸が並んで立っていた。
長戸は虎鉄に冷やかすような笑顔を向けていて、
「うるせーYo」といった声が聞こえてきそうな、
じゃれている二人の立ち姿は、微笑ましく写った。
「あら、可愛い(萌)」と呟き、ズームアップしてみた。
そして何となく、バンダナの下にピントを合わせた。
「かわEー」と口が動いた。
急いで彼の視線の先を追うと、
女子はいなかった。
犬や猫などもいなくて、猪里が一人ベンチに座っていて、
スポーツバッグからトマトを一つ取り出したところだった。
腰のタオルで無造作に拭き、かぶりつく。
「赤く熟したトマトと球児は絵になりますわ~(美)」とシャッターを押し、
先程の二人にレンズを戻すと、
ファインダー越しの虎鉄は、
はにかんだような優しげな笑みを浮かべており、思わずシャッターを押した。
珍しい表情が撮れたと満足したことを思い出す。
その柔らかな微笑みは、机の上にまだあるはずだ。

そして先程の、
抜き取られた一枚の写真と、見咎められ苛ついていた顔つき。
疑惑が確信に変わる、胸躍る一瞬だ。
写真が一枚消えたことなど最早どうでも良かった。
是が非でも確かめなくては。裏をとらなければ。
これはスクープを追い続ける者の性である。
それが、些細なこと、例えば同級生同士の恋愛に関することであっても変わりなどない。
そう、全てはこの一瞬の為に私はあるのだから。

先ずは1ーAのクラスに行ってみる。
自分の勘に狂いがなければ、虎鉄に「かわEー」と言わせしめた人物がいるクラスだからだ。

「猪里くん!」

「虎鉄見ましたかしら?(問)」
「見らんよ。どげんしたと?」
「アイツ写真をくすねたんですの!ったく油断も隙も無いですわ!(怒)
 机の上に並べて整理してましたら、『コレくRe』って、良いとも言ってませんのに!(呪)
 あれは今日これから部で必要なんですの(焦)
 全部揃ってないと私が先輩に叱られてしまいますのよ!あの馬鹿!(憤怒)」
「写真?」
「そうですの。先日、部活中にお邪魔して撮ったものですわ(確)」
 地区予選に向けての特集用なんですけれど、1年生も撮ったんですの(説)」
長戸もスポーツバックを抱えて来た。
「アイツ全部持ってっちゃったの?」
「一枚ですけれど、とっても可愛く撮れてますのよ!(萌)
 自信作なのですわ(自惚)」

長戸は「可愛い」という思い掛けない形容詞に一瞬顔を顰めるが、口には出さなかった。
「自分の写真欲しがるなんて、虎鉄らしいよな~。
 見かけたら、すぐ返せって言っといてやるよ」
そして、またあとでな~と言うように、猪里に目配せすると行ってしまった。

梅星は遠ざかって行く長戸の背中を見ながら、小さく「ふぅ」と溜息をついた。
「長戸くんったら、私、虎鉄の写真だとは言ってませんのに(早計)」

そして猪里の方に向き直り、形の良い目を細め、囁いた。
「虎鉄は……猪里くんの写真を持って行ったのですわ(暴露)」

「え?俺の?」

「そうですわ。近いうちに焼き増しして差し上げますわよ(親切)
 虎鉄が思わずポケットに入れたくなるような写真ですもの(悦)」

「何にするとやろう……? 丑の刻参りとか?」
「そげんワケなかよなぁ」と笑おうとしたがその笑顔は少々引きつってしまった。

梅星は今度は大きく「はあ」と溜息をついた。
その顔には、『なんて鈍いんですの(呆)』と書いてある。
「猪里君ご存じでしょうけど、私、虎鉄とは同じ中学でしたのよ。
 今は同じクラスですけれど!(迷惑)
 言っておきますけれど、あやつは手が早いんですの。
 猪里君、気をつけた方がよろしくてよ?(忠告)」

「ええ?」



長戸は、部室に向かう途中、虎鉄を見つけた。

「梅星が探してたぞ」
「ああ、写真だRo?」
「どんだけだよ。ナルかよ」
「オレのじゃなくTe、猪里のだYo」
「え?猪里の?お前、何やってんだよ……ああ、そっか……」
「なんだYo?」
「可愛く撮れたとか言ってたからよ……だからって盗るこたねーだろが」
「梅星の机の上写真だらけでYo、
 誰のがなくなったかわかんねーだRoと思ったんだけDo、甘かったNa」
「猪里一人で写ってる写真?」
「そーだYo」
「勘付かれったっぽい?」
「おう、やっちまったZe」
「やっちまったのか……」
「自分なんて1mmも写ってNeーんだZe?
 そんな写真、梅星サンおいくらですKa?って、
 どうやっTe、どのツラ下げて頼めっつーんだYo?!」
「キレんなよ……
 どっかの女子が猪里のファンで欲しがると思うからちょーだいとか言えばよかったんじゃね?」
「Oh、お前、あったまEーじゃねーKa」
「だろーが」
「But It’s too late。後の祭りだZe」
「お前なあ、ダダ漏れどころか、バケツの底抜けたぞ、コレ」
「……やべーよNa」
「梅星に気づかれたんじゃ……」



標的は部活に向かうべく友人と渡り廊下を歩いていた。
気付かれないように忍び寄り、後ろからそっと声をかけた。
「虎鉄大河くん(発見)」
「Ah~……」
振り返った顔はバツが悪そうである。
「噂をすれば影かYo」
「どんな噂なのかしら?(問)」
「写真なら、返すYo」
「そうですわね、でも……?」
梅星は、虎鉄の隣にいる長戸を警戒する。
別に噂を広める趣味などない。
虎鉄と一対一で話せれば、それに越したことはないのだ。
「長戸なら、知ってるからEーよ」
虎鉄は半ばヤケ気味に言い放った。
「そうですの?」
「コイツ、猪里の写真をくすねたんだろ?」
「あら、ほんとにご存知なのね?(確)」
「何なんだYo、二人しTe。オレは暴かれるばっかかYo」
「身から出たサビですわ(笑)」
「写真ぐらい欲しくても我慢すりゃ良かったんだよ」
「ふん」
「てか、相手が悪すぎだろ」小声で虎鉄の耳元に囁く。
「聞こえましてよ、長戸くん。
 私は自分の仕事を忠実にやり遂げようとしているだけですわ(真)」
「はいはい、わかってますよ」
「さあ、お返しなさいな。誰にも言いやしませんわよ(確)」
「ほらYo」
虎鉄はポケットから取り出し、梅星に渡した。
長戸はそれをちらと盗み見た。
「これは、これは」
「なんだYo?」
「お前がくすねたくなるのわかるわ」
「焼き増ししてあげますわよ?」
「……じゃ、そうしてくれYo。
 アイツには、何も言ってねーだろNa?」
「言ってませんことよ。先ほど、すこーし、仄めかしたりはしましたけど(悪)」
「何言ったんだYo?」
「安心なさいな。彼は丑の刻参りに使われると思ってますわよ、この写真(微笑)」
「Haぁ?」
「くッ……」
長戸はこみ上げる笑いを耐えられそうにない。
「猪里、ソレ本気で思ってんじゃねーよNa?」
虎鉄は、猪里ならそう思ったりするのもあり得ると、
そんなところが愛すべき特性であると思うものの、少しばかり驚いてしまう。
「さあ?どうかしら?」
「お前、いちおうフォローしとけよ。今頃悩んでるかもしれないぜ?
 虎鉄に呪い殺されるかもしれない!どーしよー?って」
「面白がるのもほどほどにしとけYo?」
「わりぃ、でもよ、」
長戸の肩の震えは収まらない。
それを忌々しげに見遣りながら虎鉄は聞いた。
「なあ、頼みがあるんだけDo?」
「何かしら?」
「オレのと……オレの写真と間違えて持っていったことにしてくんNe?」
「そういうことにしておくのね?(問)」
「おう、頼むZe」
「わかりましたわ。あなたがそれで良いのなら。
 それでは、ごきげんよう(去)」


長戸はユニフォームに着替え終わり、部室を出た。
虎鉄も続いて出たところへ、猪里がやって来た。

「Yo、」
「おぅ、今日は暑かねー」
「あのSa、」
「なん?」
「梅星から何か聞いTa?」
長戸からの目配せが意味深で、虎鉄は少し声が上ずってしまう。
「ああ、お前、写真くすねたんやろ?」
「えーTo……」
虎鉄は言い淀む。
この時点で猪里は”誰の”写真だと認識しているのだろう?
『誰の?』などと聞けば、『自分で盗っておいてわからんとか?』と返ってきそうだ。

長戸はええいままよと賭けに出る。たぶん梅星と猪里は出会っている筈だ。
「コイツさ、ありえんよな」
「はは、自分の写真持っていくげな」
梅星はしっかり約束を守ってくれたらしい。
虎鉄はホッとして気が抜けてしまった。
「そ、SoーなんだYo」
「はじめはな、なんや俺の写真持っていったっち聞いたとよ。
 ばってん、さっきはな、違かったっち言っとったよ?」
「……そっKa」
「うん、勘違いしとったっち、俺のやのーて虎鉄の写真っち言っとった。返したんやろ?」
「返したZe」
「なに?お前そげんかっこよう写っとったとか?」
猪里はからかうように笑った。
今日初めて見る笑顔が可愛くて、
虎鉄はお得意である筈の気の利いた台詞もなかなか出てこない。
「……まあNa」

「そッりゃもう、カッコ良く撮れてたぜ、バット構えててよ、」
長戸は虎鉄の肩をガシッと抱き、親指をグッと立てて茶化す。
「珍しく真剣な顔してて、これがまた」
そんな写真は存在してねぇYo……虎鉄は呆れながら救われたような気持ちになる。

「へぇ……」
猪里は手にかけたドアノブを回せずに呟く。

「梅星って才能あるよ。なー?」
長戸は悪戯っぽい笑みを浮かべ、虎鉄の顔を覗き込む。
「お前Na、」
流石に調子に乗りすぎだと睨みつけたが、
長戸は、しれっと猪里に聞いた。
「猪里も見てみたいだろ?」
虎鉄は、隣の脇腹に素早く肘鉄を入れる。
「でッ!」

そして、このコンビはてっきり、
『は?別に見とーないっちゃけん、虎鉄の写真やら』
などとせせら笑いが返ってくると思っていたが、
違っていた。

猪里は恥ずかしげに、ドアノブに目を落として、頷いたのだった。

「……うん」

彼の耳が赤いのは、西からの陽が透けているだけではない筈だ。

「「えッ?!」」

「な、なんね?見たかったらいかんとか?!」
急いだようにドアを開け、入り、
バタン!と閉めた。

長戸は、ごくりと飲み込んだ。
『虎鉄、今日決めろよ!これはイケるよ!絶対だ!』
という言葉を。

そして、思わず、隣の友人を見遣ると、
彼は、呆けたように閉まったドアを見つめながら、呟いた。

「オレ、梅星に写真撮ってくだSaいって、オネガイしに行こっかNa……Doー思うよ?」

「……いいんじゃね?」














よりぬきお題さん。