秋たけなわ。
快晴に恵まれ、十二支高校では体育祭が開かれた。

A field day

１年生の種目男女混合スウェーデンリレーは当然ながら俊足の生徒が集められた。
男子は100、200、300、400mと距離が伸びていくが、
間に走る女子は100m走るだけでよかった。
虎鉄はＥ組の第1走者で100m走ることとなり、
猪里はＡ組の第5走者に選ばれて300m走ることになった。
１クラス男子４人女子３人併せて７人で走り、
ＡからＨまでの８クラスで競うこの競技は毎年かなり白熱したものとなる。

ピストルの号砲が鳴り響き、クラウチングスタートでダッシュする。
猪里が立つ場所からはスタート位置を丁度真横から眺めることができたが、
他の生徒に遮られ、肝心のスタートはよく見えなかった。

……が、
瞬時に飛び出した虎鉄を発見するとその姿に目を奪われた。
虎鉄が走るところなど部活でしょっちゅう見ている。

……けれど……

しなやかな体、綺麗なフォーム、
バンダナの上から巻いたＥ組カラーの赤の鉢巻きをなびかせて、
長い足の躍動的なストライドで飛ぶように駆けてくる。

－－－名は体を表すってこうゆうこと言うとやろか。
　　　虎のごと走りよる……

この胸の高鳴りが、これから走るという責務からくるものなのか、
虎鉄の所為なのかわからなかった。

女生徒の「虎鉄くーーーん！」という声援が方々から聞こえてくる。
２年、３年の観覧席からも聞こえてくるのに驚く。

これだけモテるのに虎鉄は何故自分なんかと付き合っているのだろう。

答えなど出る間もなく虎鉄は首位でバトンを渡し終えて、
猪里の姿を目に留めるとバチンとウィンクを送ってきた。
心の内を覗かれたような心地がして、頬がカッと熱くなるのを感じてしまう。
後で「ウィンクやらすんな」と言ってやらねばと心に留め置いた。

肝心のリレーの方は誰かがバトンを取り落としたりして、
順位も変動が激しいが、気の毒なことに最下位は固定しているようだった。
猪里は５位でバトンを渡され、一人抜かして次に送った。




活気と喧噪に満ちた体育祭は終了した。
宴の後の寂しさというか、
秋風にはためいていた応援幕なども畳まれつつある。
用具係の猪里はハードルを抱えて体育用具倉庫まで運ばなければならない。
係の仕事など面倒なだけだったが、腹も減ったしさっさと済ませて帰りたかった。
同じ係であろう生徒がぽつぽつとやってきては、倉庫に何か置いていく。

「猪里ー」
倉庫を出ると虎鉄が段々重ねになったコーンを持って歩いてきた。
「これってここでＥ－んだよNa」
「そうばい。ってかお前今頃そげんこつ聞くとね？今までさぼっとったとやろ」
「まあNa。リレーで抜かしたのみたZe」
「300はキツかー……お前こそ速かったやん」
「カッコ良かっただRo？惚れ直しTa？」
「それはなか」
「即答かYo！」

－－－ほんなごとは言えんばい……


虎鉄は何故か猪里の後方に視線を走らせた。
「ちょい待ってTe」
荷物を置きに行って、すぐ出てきた。
「こっち来Te」
と振り向きざまに言われ、虎鉄の後ろから付いていく。
「なん？」
「Ｅ－から」
倉庫脇の人がやっと通れるぐらいの狭いスペースを通り抜け、その後ろに廻った。
秋の日光は木々に遮られ薄暗く、
地面には雑草が生えて、タバコの吸い殻やジュースのパックなども落ちている。

肩を掴まれたと思ったら、倉庫に体を押しつけられた。

虎鉄が何をしようとしているのかやっと判ってきた。
「猪里……」
「ここをどこやと思っ……！」
最後まで言わせて貰えずに口を塞がれた。

喋っていた所為で開いていた口に直ぐに舌が侵入してきた。
首を振って抵抗しようとした。
けれど、
上唇の裏側に差し入れられ、歯列をなぞられると甘く体が痺れてきて。
頭を抱えるように抑えられ、片腕は壁に押しつけられ、
もう片方の手は虎鉄の体操服を力無く掴むばかりになっていった。

舌を絡め取られ、軽く噛まれたり、吸われたり、
角度を変えながらの深い口付けに溶かされていく。

漏れる水音は外気を通してではなくて、
直に鼻から耳に抜ける感じまでしてきて。
背後の倉庫からがたがたと何か置いたりする音や、
誰かの声も聞こえてくるのに。


何時腕を解放されたのかも分からなかった。
体操服の裾を捲られ、手が脇腹を這い上がるように撫でてきた。

「……ん……っ……」

足の間を割るように膝が入って、腹が密着してきた。

「！」

押しつけられたその中心の硬さに驚き、
体を捩り、顔を背けて力の入らない手で突いた。
虎鉄は二、三歩後ずさったが、踏み止どまった。

「もう、行かないかんと！」

視線が絡まる。
ちょっと驚いたような目。

背を向け走った。





この日は一人で帰った。
















(’03.10.15初出)