長戸が、人待ち顔で座ってる。
校舎玄関から校庭へ続く階段、って言っても三段しかないけど、
そこの隅で。

「Yo」
「おう」
「何してんNo?」
「今日、三者懇でよ」
親を待ってるらしい。オレも隣に腰掛けた。
「オレ、昨日だっTa」
「何か言われた?」
「漢字ドリルやれっTe」
「ははははは!小坊かよ!」
「今更ドリルなんて、やってられっかYo!ったくYo!」
「やっとけよ」









ききたいことが、あるんだ。








「猪里と海パン買いに行くコトになったんDa……持ってねーんだとYo」
「へえ、よかったじゃねーか。ついでに本屋寄って、漢字ドリル買えよ」
「いらねーYo……なあ、体育で水泳あっただRo?」
「ああ……あったな」
「猪里、泳げんNo?」
「おお、クロール速かったぜ。7人でよーいどんで競泳しただろ?」
「おう」
「猪里のグループじゃ、ぶっちぎりだったぜ」
「Hoー……」
「飛び込みも何か様になってたな、スイミング行ってたんかもな」
「見たかったZe……畜生、なんでオレ一緒の組じゃねーんだYo!」

最近オレは、片思いをこじらせまくってる。
それに付き合ってくれてる長戸には、それなりに感謝している。

「猪里の水着、すげえちっさかったんだっTe?」
「そういや、そーだったな」
「親が間違えて弟の送ってきたとか、ぼやいてTa」
「うわ、最悪」
「……小さくね?とか言われTe、引っ張られたっTe?」
「誰に?」
「お前にだYo」
「あー、そだっけ?」
「引っ張るっTe、お前……」
「……?」
「引っ張るっTe、」
「何、俺、ジェラれてんの?」
「指が触れただろうGa、生の腰とかNi!」
「何だよ、付き合ってもいねーのに、彼氏ズラかよ」
「……ッ!」
「はあ、もう、めんどくせ。お前もう、告っちゃえよ。
 一緒に買物に行くんだろ?そん時にでも」
「それができりゃ、苦労しねーYo」
「案外、イケるかもよ」
「お前Na、他人事だと思っTe、テキトー言いやがっTe」
「あ、そだ、なあ、知ってる?
 梅星が言ってたんだけど、剣道部の次期主将……」
「ああ、あのイケメンがどうかしたのKa?」
「猪里のこと、かわいいって言ってたって」
「うSo」
「猪里の従兄が?剣道やってて、
 なんか福岡の大会でいいとこまで行ったって、
 そんな話してたみたいよ?体育館の手洗い場のとこで。
 あのイケメン背ぇ高ぇだろ、猪里見上げながら愉しそ~だったって」
「なんだYo、それ……」
「梅星、あの二人良い雰囲気ですわ~(悦)って、
 写真撮ってたぜ?見してくれるんじゃね?頼めば?」
「誰が頼むかYo!んな、他の男と一緒の写真なんてYo!」
「お前、うかうかしてっと、掻っ攫われんぜ」
「それはねーだRo」
「わっかんねーぜ?」
「いやいや、猪里はフツーに女の子と付き合いたいって思ってるっTe!きっTo!」
「なあ、そこらへんはリサーチ済なんか?決定事項なんか?」
「いや、そういうワケじゃねーけどYo……フツーそうだRo」
「そういや、猪里ってあんま女の話に乗ってこねーよな。
 食いもんの話にはガンガン来るけど」
「猪里んチ行った時、さり気に探ってみたんだけDo、
 グラビアとかエロ本、持ってないっぽいんだよNa……」
「ほぉ……一人暮らしなら、母ちゃんとか気にする必要ないもんな、
 そこら辺に転がっててもおかしくないよな?」
「エロ本なしで抜けるんKa?って聞いたら、
 富士山きれいだから見ろとか言われてYo、一緒にベランダ出て見たNa」
「ははは、何だ、そりゃ、ウケる」
「猪里はわかんないDa、ホントわかんないんDa」
「同中のヤツがいないってのがな……
 あんな佇まいでヤリチンだったら、どうするよ?」
「んなワケねーだRo、猪里だZe?」
「中学の時の恋バナとかしなかったんか?」
「今思えば、迂闊だったZe……
 Ah~、でも、カノジョいたとか、
 聞いたら聞いたで、イラッとなりSo」
「なんで過去形なん?遠距離で続いてるかもよ?」
「おま、なんでそう、イライラさせることばっか言うんだYo!
 水着引っ張りやがるしYo!剣道部のヤツとかYo!」
「ジェラる男は見苦しいねぇ」
「悪かったNa」
「猪里なぁ……ホントわかんねーよな」
「だから、悩ましいんだろーGa!畜生!」
「キレんなよ」
「お前がキレさせてんじゃねーKa!」
「虎鉄、当たって砕けろだよ」
「やDa!砕けたくNeー!」

「なーがーと!」
「「わああああああ!!!」」

「なして、そげに驚いとっと?俺の聞いたらいかん話でんしとったとね?」
「してない!してないかRa!」
猪里、鋭い!……怖い!
「長戸、三者懇俺の次やろ?お母さん教室の前で待っとったよ?」
「やべ、行き違いかよ」
「時間押しとるけんな、早う行かんば」
「おう」
長戸は、オレの肩をぽんと叩きながら、立ち上がった。
「じゃーな!」
駆け出しながらニカッと笑って、
オレに向けて小さくガッツポーズを決めて、走っていった。

あの拳は、ガンバレよ!ってコトなんだろうけど、
こちとら、そのガンバリどころがわかんねーんだよ。

長戸が座ってたところに、猪里はストンと座った。
ちょ、近いんですけど……

「……三者懇、今日だったんDa?」
「うん」
「猪里んチは、誰が来てんDa?」
「埼玉住んどう叔母さんおるけん、親の代理で来てくれたとよ」
「へぇ……何か言われTa?」
「先生に……数学なんとかせろって言われたと……」
「数学Ka……」
「なんとかせろ言われたっちゃ、なあ……?」
猪里はふっと目を合わせてくる。
可愛くて、ドキドキする。

「終わったんなら、一緒、帰Ru?」
「叔母さん、晩ごはん奢ってくれるって言うけん、車で帰るったい」
「そっKa」

校庭の端には保護者の車がぽつぽつ停まってる。
車に乗り込もうとしてる女の人が、猪里に気がついて手を振った。
「えらく若いオバさんだNa。おネエさんみTeえ」
「はは、言っとくよ。喜ぶやろな」
叔母さんの側には、小さな女の子がいて、
「タケにいちゃ~~ん!」なんて手を振りながら呼んでる。
猪里も大きく手を振って返した。
何だか、微笑ましい風景だ。

「もう行かんば……」

猪里は立ち上がって、いつものあの柔らかな笑顔で、
オレを見下ろした。

「んなら、また、明日」
「おう、明日」

オレは、その笑顔に問い掛ける。

---クロール速いって知らなかったよ。習ってたの?

こんなのは今度、水着買いに行く時、聞けるかも。

背を向けて、階段を下りて行った。

いろんなことを聞きたい。
知らないことが多過ぎて。

---従兄、剣道強いんだ?
   ……剣道部のアイツとさ、どんなコト話してた?

猪里は、夏の日差しの中に踏み出した。
夏の光が栗色の髪を照らして、
あの髪に今触れることが出来たなら、
もうオレは、歯止めが効かなくなっちまうだろう。

小さくなって行く背に向かって、更に問い掛ける。

---中学の時、カノジョいた?
   もしかして、今も、福岡にいたりする?

……聞きたいけど、聞けない。

ちょっと知っておきたいかな?ってコトは容易く聞けるんだ。
心の底から知りたいことは、聞くのが……すごくすごく難しいんだよ。
猪里の苦手な数学の、比例?かな?

猪里は、車に乗り込んだ。

聞きたいことは、まだ、あるんだよ。

---オレが付き合ってくれって言ったら、どうする?

   付き合って……くれる?


シルバーのボディは、キラリと夏の光を反射して、
緩やかに走り出した。













よりぬきお題さん。