十二支高校に入学して、慌ただしく日々を過ごして、
今日やっと、部活が始まる。
野球が出来るのだ。

あの村中選手の母校だという理由で、
猪里の祖父はこの高校を受験することを許してくれた。
合格して、福岡を離れ、一人で暮らし始めたばかりだった。








こんな春の日








ユニフォームに着替えて、部室を出てグラウンドに急ぐ。

「あRe?」

---あのバンダナは。

「あん時の?!」

「Hahah~n、お前もここだったのKa?何組Da?」

「Aばい、あんたは?」

「EだZe、へぇ~、同い年Ka。あん時ゃてっきり中坊かと思ってたけどNa」

「失礼やねー」

結構気にしている事をずけずけと、ほんとに失礼な奴だと思ったが、
釣られるように笑ってしまったのは、あの心細い夜、親切にしてもらった所為なのか、
それとも、八重歯の覗く人懐っこい笑顔の所為なのか。

「虎鉄くんやったかいな?」

「Oh、覚えててくれたのKa、虎鉄でいいZe。お前は?」

「猪里猛臣ばい」

「猪里Kaー……お前Sa、男にナンパされるだけあって、可愛い顔してんNa」

猪里は心底驚いた。
こいつは今、かなり衝撃的なことを言ってのけたのだ。
それも、二つも。

一つ目。
眉根に皺を寄せ、恐る恐る聞いてみる。
「あれ……ナンパやった?」

「だRo?オレにはそう見えたZe。
 アイツ、オレ達が五月蠅くてガンたれてくんのKaと
 思ってたら違っててSa、お前のことずっーーと見てたんだZe」

「うわあ……俺、何かのセールスかいなて思っとたとよ」

「Hahah~n、違うNe。この可愛い子チャンを逃してなるものかって、顔してたNe」

---また、言った。

「可愛くなんか無か!」

少々怒気を含んだ猪里の声に虎鉄は目を丸くした。

その時、集合の声が掛かり、急いで整列するのを余儀なくされた。

走りながら、思い出していた。
今年の正月、三年振り位で会った大叔父に言われたのだ。
同じような事を。

   「こらあ……猛臣や? どーかいな……えらいじょーもんさん(美人)になりよったなあ」

   「はあ……?おいさん、俺男っちゃよ?」
    無難なところで、大きくなったなあ、と言われると思っていたので、
    せめて男前になったと言ってくれと、少し腹が立った。
    
    側にいた祖父も笑って言った。
   「男の子のじょーもんさんな、値打ち無かとやろ~」
   「おっぺしゃん(不細工)よりゃ、よかろうもん!」
   「そやろか?」

そんなどうでもいい遣り取りを聞いた後、
お年玉はちゃっかり貰ったが、何か釈然としなかったのだ。





部活一日目は終わった。3年生は横柄で、威張り散らしてばかりのいけ好かない奴が多く、
先が思い遣られた。

「猪里ー」

制服に着替え部室を出て、校門に向かって歩いていると、
虎鉄に呼ばれた。

「なん?」

「なんか、怒ってRu?」

---蒸し返さんでもよかのに。

「べつに……」

「なら、いいんだけどSa、可愛いって言ったの、嫌だったのKaと思ったかRa」

---俺を怒らせたて、気にしとったと?


「ほんなごとな、嫌なんばい」
本音を吐いてしまった自分に驚く。

「A、やっぱRi?」

「お前は嬉しいとや?そげなこつ言われたら」
この言い方はまるで小学校の先生みたいだと、自嘲する。
『人からされて嫌な事は、してはいけませんよ』って、説教たれる先生がいたっけ。

「Nー、イヤかもNa 男からは特にNa」
「そやろ?俺かて同じばい?」



歩きながら、いろいろ話した。

一人暮らしだと言うと、羨ましいZeと宣うので、
「なして?」と聞いた。

「そりゃあ、女のコとイロイロするのに、都合いいからNa」
「俺は女とイロイロしとうて一人で住んどるんやなか」
「Na、Na、猪里ー」
「部屋は貸さんけんね」
「A、バレてTa?」
「バレバレったい」


何だか、不思議だった。
可愛いと言われたぐらいで腹を立てた自分が滑稽に思えてきたから。




四月の穏やかなこの日、猪里は思いも寄らなかった。

数ヶ月後、この横を歩く男が、
自分の耳元で「可愛い」と囁くようになることを。


















2003.9 初出