俺のスニーカーが青空を踏む。
ひゅうと引き戻されると、
入れ違いに、虎鉄のスニーカーが空を踏んだ。
まるで、そのまま駆け出していくみたいだった。
学ランの背中と虎柄バンダナが、遠くに遠くに駆け出していくみたいに見えて、
きゅっと胸が苦しくなったのを覚えてる。
どうしてだろうな。
あの時はまだ、自分の気持ちにも気づけないでいたというのにね。












4月12日と12月2日のこと。











あれは、いつだったけな。

どんどん日が長くなっていく頃、
たしか、五月だった。
下校途中にときどき寄る公園で、
最初ブランコには、取り留めも無いことを話しながら、座ってるだけだった。

明日で試験が終るっていう日で、ちょっと浮かれてたっていうのもあったんだろな。
虎鉄は足をブラブラさせてたけど、そろそろと漕ぎ出し、
「やっべ、久しぶりDa、こういうNo!」なんて笑って、漕ぎ出した。
釣られて俺も漕いでみた。
振り幅はぐんぐん大きくなっていった。


「Naー、いのりーーー!」

「なんねーー?」
風が体を過ぎ行くのが気持ち良くて、つい大声になる。

「誕生日って、いつYoー?」

「4月12日たーい!」

「え?もう過ぎちゃったNo?!もう16?!」

「そうたい!」

きいきい鎖が鳴る音だけ響いてた。
急に黙ってしまった虎鉄にちょっと焦れて、俺はその背中に問いを投げた。

「虎鉄はーー?」

俺が上がって、虎鉄が下がる。
もう一回それを繰り返して、やっと声が返ってきた。

「……オレは、12月だYo!12月ににちー!」

「あほ、もう高校生やろ、ふつかって言いんしゃい!」

「Hahaha、そうとも言うNa!てかさー、」

「なんーー?」

「祝ってもらっTa?」
すれ違い様にニッと笑った。

「親に」

「親だKeーー?」

「そうたい」

「猪里、一人暮らしJaん、どうやって祝ってもらったんだYo?」

「んー?電話で。16歳おめでとーって。
 仕送り余分に送っといたけん何か買いって。
 ばあちゃんも小遣いくれたと。
 あ、あと福岡のツレからメールもろうたとー」

「でもSaー、一人だったんだRo?その日は?」

「当たり前たい」

「そうなんDaー……」

虎鉄は、空へ届けとばかりに足を伸ばし、勢い良く漕ぎ出した。

「駄目だRo、それは!」

「駄目言うたっちゃ、仕方なかろうもん!」

―――また、返事が無い。
その代わりなのか、何なのか、虎鉄はカウントをとり出した。

「イーチ、」上がって。

「ニーイ、」下がって。

「サーーーン!」ひゅっと鎖をすり抜け、飛び出した。

きれいに着地して、振り返った。

「遅くなったけど、オレにも祝わせてYo!」




虎鉄が買ってくれたあのケーキ、すごく美味しかった。

実家にいた頃は、誕生日には、
街で一番美味しいと評判の洋菓子店でケーキを買ってもらってた。
近年では、家族でケーキを食べる為の口実にされてただけって気がしないでもなかったけど。
とにかく、
野球をしにやってきた埼玉で同じことをして貰えるとは、思ってなかったんだ。

俺の部屋で、小さなホールケーキに16本のろうそくを立てて、吹き消して。
あのろうそくまだとってあるって言ったら、彼奴はどんな顔するだろう。
……言わないけど。



そして俺は、木枯らしの吹く街で品定めする。
ケーキでお祝いしてもらったから、ケーキ以外がいいかななんて思って、
手袋、マフラー、ニット帽などを見て回る。
誰かのために誕生日プレゼントを選ぶなんて初めてだし、
センスないから、やたらと時間がかかる。

地味目な品をつい手に取ってしまっては棚に戻して次を取るの繰り返し。
やっとニット帽を包んでもらう頃には、夕飯時をとうに過ぎてた。


---喜んでくれたら、よかけど……

クリスマスソングが流れる店を後にして、冬の空を仰ぎ見る。

---買ったはいいけど、どこで渡せばよかっちゃろうか?









寒い寒い寒い。

プレゼントはコートのフードに潜ませ、
俺は、ブランコに座って虎鉄を待つ。

今日は、12月2日。
ほんとはもっと早い時間に渡そうと思ってたんだけど、
なかなか決心がつかなくて、こんな時間になってしまった。

夜の公園は底冷えがして、吐く息は白くて、手袋越しに握る鎖は冷たい。
きっと鼻の頭は紅くなってる筈。
あまりの寒さに、何の因果でこんな所にいるんだろうなんて思ったり。
此処に来てとメール送ったのは、俺なのに。



タッタッタッ。

足音に顔を向けると、
真っ直ぐに走ってくる人影が見えた。
僅かな、でも、確かに跳ねた心臓を認めて目を瞑ると、
あの青空が目の前に開けてきた。

俺が誕生日を一人で過ごしたと知って、
虎鉄は駄目だって言った。
そう言って、
五月の空に吸い込まれていった。
がしゃんがしゃん踊る、主がいなくたったブランコを横目に、
俺は、理不尽なこと言うヤツだと不貞腐れてブランコを漕いでいた。
でも、次の瞬間には止められて、手首を掴まれケーキ屋に連れて行かれたんだっけ。


きい。
ああ、この感じ。ブランコを漕ぐと少しだけ勇気が出るような。

彼奴もこれを感じてたんだろうか?
友人の誕生日を友人としてさりげなく祝うっていうのは、
今思えば、案外難しいことで、勇気が要ることなんじゃないかと思う。


「猪里ー!」
虎鉄がひょいと柵を飛び越え、正面に駆け込んできた。
冴え冴えと灯る街灯の下、
俺に呼び出された理由なんか、重々承知って顔してる。
さあ、もっと振り幅を大きく。

「寒くねーNo?デコ丸だしだZe?」
俺の額はまともに風を受けてる。確かに冷たい。
「寒かよ」
「かわってんNa、猪里は」
笑って虎鉄は、手持ち無沙汰なのか、
オレもとばかりに、ブランコに腰掛けようと動いた。

「そこに、おって!」

飛べるまで、あとちょっと。

「Ohー、ハニー!オレの胸に飛び込むのKaい?!」
大きく両腕を広げて、ニッと笑った。

「ばーか!」


冬の夜、辺りはしっとり暗くて、あの青空は遠い。

虎鉄みたいにかっこ良く飛べないけど、

風を切って、君の元へ。

さあ。

















('06.12.2初出)
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ブランコを漕ぎながら会話する虎猪を書きたくて書いた文。
虎鉄お誕生日おめでとう!