登校時、長戸に会った。
「おはよ、虎鉄」
腕を上げて、ハイタッチを仕掛けて来た。
「オメデトー」
パシンッ!って小気味よい音が響いて、
「はよ、Thanks」
辛い片思いから開放されたのが、実感できたような気がした。

「で、告ったのか?」
昨日の夜、「O.Kもらった」って長戸にメール送っといたんだ。
「そーだYo」
「すげぇな、お前」
「そうKa?」
「返事待ってくれ、とかじゃなかったんだろ?」
「おう」
「即答っつーことは、猪里も気にしてたってことだろ、お前のこと」
「そんなコト言ってたNa」
「ひょおお、スゲー!」
「バカ、声でけーYo」
「だから俺、言ったろ?脈はあるって!」

でも、この後、なんだか雲行きが怪しくなった。









冷めない熱 [side虎鉄]








1時限目が終わって、
男子トイレへ入ろうとしたら、長戸が出てきた。
「お、」
「Yo」
「なんか俺、やらかしちゃったかも。ごめん、先、謝っとくわ」
奴は何だかすまなそうな顔してた。
「何やったんだYo?」
「猪里の席、俺の隣の隣の後ろなんだよ」
「知ってRu」
「さっきの授業中、猪里と目が合ってよ……こう、グッって」
長戸は親指を立てて、瞳を煌めかせ、ニカッと笑った。
「Ah~……」
「なに?って顔したからよ、こ・て・つ……って、」
声を出さずに、口の動きで伝えたらしい。
「すげえ顔したぞ」
「え?どんNa?」
「もう驚いてた。んで、顔真っ赤になった」
「ええ?そりゃマズいだRo」
「すまん、つい、な」
長戸は拝むような仕草しながら、後ずさりして逃げてった。


そして今、オレは、音楽室に猪里といる。
昼休憩の時、階段でばったり会って、連れ込まれた。
オレらの他には誰もいない……っていうオイシイ状況なんだけど、
猪里の表情は、とてもとても険しい。

黒いグランドピアノ、音楽家たちの肖像画、
生徒の歌声を飲み込む吸音壁……
オレ達を包むこの重苦しい空気も飲み込んでくれないだろうか。

猪里は開けた窓を背にして、俯いたままだ。
前に立ったオレは、切っ先が突き刺さるのを待ってる。

「長戸……知っとーと?」

オレは返事も出来ずに、頷いた。

「話して……しもぅたとか?」
「メールだけDo」
「……信じれん」
目を大きく見開いて、顔は青ざめてる。
オレは焦りに焦った。
「猪里、ごめん、ほんと、ごめんなSaい」
「……」

遅かれ早かれ、「長戸は知っている」ってことが、
猪里の知るところとなるだろう、ってのは覚悟してた。
まさかそれが、付き合い始めたその次の日になるとは思っていなかったけど。

「言い訳だけDo、長戸に相談っていうka、
 イロイロ聞いてもらってTaって言うか……ずっと。
 だから、いちおう、報告しとこうと思っTe」
「相談?」
「ん……」
「ずっと?え?いつから?」
「……それ言わなきゃだめKa?ハズイんだけDo」
猪里の瞼がぴくりと波打ち、目は「言え」と言っている。
抗えない。
こういうところ容赦ねぇなと苦笑が漏れる。
「6月の初め頃かNa……?
 オレなんかわかり易い顔してたみたいDe、
 何にも言ってないのに……猪里に気があるのバレてTa」
「長戸が?!何も?何も言っとらんとに?!」
信じられないらしい。
長戸がオレの仕草や表情だけで見抜いたと言う事実に。
「お前、どげな顔しとってバレたとね」 
「どんな顔してたとか、覚えてないけDo、気をつけまSu」
「覚えてなかったら、気をつけようのなかっちゃろーが」
「ごめN」
「謝らんでよか……ばってん、俺……この先、不安しか見えんと」
「アイツ、Eー奴なんだYo」
「それは、知っとう」
「オレが猪里に気があるの知っても、
 引かないで、なんて言うか……
 道は険しいけDoガンバレYo!みたいなノリで」
「……長戸らしいばい」
「アイツは誰にも言わねーかRa、大丈夫だYo」
「俺も、大丈夫やち思うばってん……」
猪里はまた、目を伏せてしまった。

付き合うのはリスクが伴うと承知していたのに、
警戒もしていた筈なのに、
もう、不安にさせている。
この度は事故みたいなものだけど、
友人の一人に知られてしまった、
そのことがこんなにも猪里を不安にさせるなんて、考えてもいなかった。

気付いたら、手が泳いで、猪里の手に触れていた。
だけど、やんわりと跳ね除けられた。

「ここ、学校やけん」
「……誰もいないZe?」
「学校」
ちらと一瞥を寄越し、
猪里は、上履きの足を緩く組み替えた。

誰もいないっていうのに、触れさせてもくれないらしい。
こっちはキスしたいと思ってるくらいなのに。

静かな音楽室。
ただ二人突っ立って。
この沈黙は辛い。
どんな審判が下されるのか、不安で。
けれど、怖くて聞けない。

「虎鉄……あんな……」
俯いたまま猪里は、言い淀んだ。

「……?」

「ごめん」

「なんDe?」
本当にわからない。なぜ、唐突に謝るんだろう。

「長戸は……お前の親友なんやろ?」
「うん、そんなようなものかNa」

猪里は顔を上げて、凛々しい眉を八の字にして、
ちょっと困ったような顔した。

「俺、噂広められるかもしれんっち、
 ちょこっと疑って……しもうたと」
「お?おう……」
「……悪かった」
「なんで謝るんだYo。てか、取り消せYo」
「え?」
「必要ないからRa!」
「疑ったの……後ろめたいっちゃもん」
「猪里、わかってRu?
 元はと言えば、オレの脇が甘かったからバレたんだZe?」
「それは……俺の知らん時に知らんところで気づかれただけやろ?
 言いふらしたとかやないやろ?」
「……そーだけDo」
「お前は……長戸には……言っとかなっち思ったけん、
 メールしたっちゃろ?
 ……俺が謝りたかったんやけん、もう、いいやん?」
正面切った瞳に、揺らぎは見えない。
引け時と感じた。

「わかったYo。長戸に言っとく、猪里気にしてNeーからって」
「俺が気にしとるって……?」
「びっくりさせTaって、謝ってTa」
「はは、俺もう、頭ん中真っ白になったけんね」

この教室に入った時の険しい顔はどこへやら、
猪里はなんだか楽しそうに笑ってて、ホッとした。

「こ・て・つ……?」
オレは長戸をマネしてみる。
『つ』で口が窄まるから、このままキスしてもいいんじゃね?なんて思う。

「ははは、いきなりあげなん、」
「だよNa」
「驚くな言われたっちゃ、無理やろ?」
「長戸に釘刺しとくYo。オレのハニーびっくりさせんなYoって」
「ハニーやら言うな」 
「ずっと片思いハニーだったけDo、昨日から両思いハニーだYo?」
「気色悪いけん、余計なモンくっつけんなっち言いよると!」

開けた窓から風が吹き抜けて、
猪里の笑顔と髪を揺らしてる。
もう、大丈夫。この件に関しては。
だから、
次、音楽受けるクラスなさそうだから、
このまま2人でいたいなぁ……なんて。
……そろそろ予鈴が鳴りそうではあるけれど。

「なあ、虎鉄……」
猪里は上目でオレを捕らえた。
ああ、この目が綺麗で、大好きだと心底思う。

「……そげん前から……俺のこと……?」

「長戸にバレる前から好きだったYo?」

「俺、知らんやった」

「や、知らなくて、当たり前っつーka、」

「ん、あと……」

「……?」

「人にバレるほどの顔させとったとか……ごめんな」
照れくさそうに微笑んだ。

「Ah~、もうだめDa」
「何が?」
「だめなんだYo!」
「やけん、何が?!」
「反則だかRa!」
「なん?俺ら試合でもしとったと?」
「そんな……そんな、可愛いこと言うなんTe、オレ辛くなるかRa!」
「え?あ?」
「……抱きしめてもEー?」
なんかもうドキドキし過ぎて、自分でも何言ってるかわからなくなった。
「やけん、ここ学校って……!」
猪里も顔赤くしてるし。
すぐ赤くなるんだなぁ……なんて、
薄赤く染まった耳たぶに見惚れた。

「学校じゃなかったRa、いいNo?」
「え?」
「今日、猪里んチ行ってもEー?」
「……いかん」
「じゃあ、今! 2秒でいいかRa!」
「いかんって」
「ッ!猪里は!ヒデェYo!」

また友人に、今度は、付き合ってるヤツがガードが固すぎるんだ、
ってグチる日々が始まるのかよ……勘弁してくれよ……!

あ、予鈴が鳴り出した。

この熱を抑え込む術を知ってるなら、誰か、教えて欲しい。











よりぬきお題さん。