ども、長戸です。

今日、体育始まる前、着替えてたんだ。
くだらないこと喋りながら、猪里や他の奴らとね。








脱ぎっぷり








今日の体育は野球で、だからか、
周りからいろんな声が飛んで来た。

「長戸か猪里、どっちか欲しいよなあ!」
「なー、わかってんな?野球部二人はチーム別れろよ?」
「くじで決めるっていってたぜ」

……なんてね。

猪里は、そんな声ににこにこ笑顔で返しながら、
フツーにアンダーシャツ上にめくって、脱ぎかけた。
俺はぎょっとなったね。
だって、乳首の下辺りにキスマーク付けてんだもん。
咄嗟に腕掴んで、シャツ引き下ろした。
「え?なん?」
気付いてないんだ、コイツ。
まぁ、自分の胸なんて見ねーよな。
小声で説明してやったさ。
「左胸、吸われた痕付いてんぜ」

「え?」
猪里は慌てた風にシャツの首元をぐっと引き伸ばして、鼻先を突っ込んで、
大きな目ん玉を精一杯下向けて見てた。
確認できたらしくて、途端に顔から耳から真っ赤になった。
「なして、こげな……」
ちょっと泣きが入った困り顔。
「窓際行って、背中向けて着替えろよ。
 あ、背中にも付いてるんか?」
猪里はもう気の毒なくらいに真っ赤で、
「ちょっと背中も見てくれん?」ってお願いしてきたけど、
俺は、
「え?やだよ、お前と乳繰り合ってるみたいに見られんじゃん」
なんて、意地悪に突き放しちまった。
そしたら猪里は、ぎりって唇噛んで、眉根に皺寄せて、
体操服の上下を机に広げたかと思うと、ちらっと周りを見回して、
すげー速さでシャツ脱ぎ捨てて、
体操服の上、秒で着た。
ズボンもザッと下ろして放り投げて、ジャージも秒で履いた。
俺は、ひょっとして太腿にも付いてるんか?って一瞬思った。
猪里はまた、周りを伺って、バレてないって確信してほっとしたのか、
ちょっと勝ち誇ったみたいなドヤ顔した。
「んじゃ」って出ていこうとするから、
俺も秒で着替えて、追いついた。

猪里の肩をポンと叩きながら、
「部室で着替える時、どーすんだ?」って言ったら、
ぴくって肩震わせてたな。
「別によ、男ばっかなんだから、見られてもよくね?」
さっきは咄嗟に隠す方向に走ったけど、特にその必要はないんじゃないか?
「冷やかされるやん」
「そんなの、気にするこたねーんだよ」
「……そう?」

廊下歩きながら、二人こそこそ声を落として話す。
ちょっとばかりデリケートでプライベートな話だし。

「どっかのおネエさんに逆ナンされて、とか言っときゃいーんだよ」
「逆ナン……?」
「な?」
「女の人からナンパ?」
「そうだよ、あり得るハナシだろ?」
「や、お前とちごーて俺にはないけん、そげな、逆ナンやら」
「だから、例えばのハナシだよ」
「どこで会った?っち聞かれたら?」
「そんなの適当言っときゃいーんだよ。
 うわウラヤマシー!とか、やるじゃん!とか言われて終わりだって」
でも猪里は、自分が逆ナンされるシーンが想像できないらしく、
難しいことを考えてるような顔した。
「あぁ……男ならあるばい」
返ってきた答えはやや衝撃的だった。
「おとこぉ?!」
「どっかの知らん男にこげなん付けられたっち言うたら、皆ドン引きやんね?」
猪里はさも面白そうににこにこ笑ったけど、笑うところなのか?
「猪里、ヤッたことあんの?男にナンパされて?」
「ヤるわけなかろーも」
「ああ、びっくりした……」
「入学する前な、こっち引っ越ししてきてすぐガ○ト行ったとよ、一人で」
「〇〇沿いの?」
「うん。大雨降ってな、傘のぅて、帰れんなって、車で送ってやる言われて」
「どんな奴?」

「長戸、なあなあ、バットってこう持つ?」
同じクラスの奴らが追い抜き様に、俺らを取り巻く。
両の拳を重ねて見せてきたけど、それは……
「お前、左利き?」
「いや?右利き」
「逆やん!逆!」
猪里は呆れた様に笑ってる。
「こう?」
拳の上下を替えて見せた。
「そうそう」
「よっし!わかった!おれ素振りするから!」
長戸がピッチャーやれよ、いや猪里がやれよ、
キャッチャーが大事なんだぜ!おれはセンターがいい!
口々に勝手なことを言いながら、嵐の様に去って行った。

「大丈夫かよ……」
「あはは、どげな野球になるとかな?」
「……なあ、どんな奴だった?」
「あ?ああ、30歳ぐらいの……スーツ着て、背は高かったばってん」
「ふつーなカンジ?」
「うん、普通。ばってん、いらん言っとーとに、しつこかったとよ……で、虎鉄が」
「虎鉄?!」
「うん」
「なんで虎鉄?!」
「偶然ばい。虎鉄は友達と来とったとよ。でな、『おっさん、いい加減にしろよ』って」
「おお?!」
「手引っ張られて……お姉さんが車で迎えに来とってな、乗れ言われて」
「あぁ、あの姉ちゃんか……で、いい加減にしろ!って、虎鉄が追っ払ってくれたって?」
「うん」
「いやあ、知らんかったわ!」
「すごい偶然なんっちゃけど」
「入学する前か……知らんかったわー」
「入部して虎鉄と会うてな、たまがったけんね、俺」
「だよなぁ」
「埼玉出てきていきなり変なセールスに捕まってしもうたっち言うたら、
 違うナンパやっち言うけん、そうなんかな?っち思っとう」
「まあ、そうだろな」
「男が男をナンパってあるとかいな?」
「あるだろ。でもそっちの人達はそういう?出会いの場所があるって聞いたけどな」
「へぇ……」

廊下から階段を降りる。
踊り場の窓から射す初冬の日差しが、
俺たちの足を一瞬舐めて、日溜りを作ってる。

福岡から埼玉へ一人で来たのは知ってたけど、
引っ越しの日も一人だったなんて……今更ながら猪里は根性あるなと思った。
「虎鉄、前言ってたな……猪里一人暮らしさみしくないんかな?って」
「もう慣れたけん」
「ウチなんて、弟達がすげぇうるせーんだよ。毎日それが普通でよ」
「俺ん実家もそうたい……あの日……」
「ん?」
「大雨で、どげんしようって」
ちらと横を見ると、
猪里は忘れ得ぬ何かを思い出すみたいに、遠くを見るような目をしてた。
「……濡れて帰っても誰もおらんやん?服もまだ箱の中やったし。
 引っ越しの荷物一人で解くとは面倒くさかー、
 母さんが付いて来る言うとったとに、
 断らんやったら良かったっち思うとったと……
 隣の席は、あ、虎鉄らがおった席な、にぎやかやったけんな、余計……心細くてな」
「うるさかっただろ?」
「はは、変わった喋り方する奴やんねー、
 埼玉はこげな喋り方流行っとるとかな?
 てか、十二支こげな奴らばっかやったらどげんしよう?思うとったっちゃんね」
「で、実際”こげな奴”がいたワケだよな」
「同じ野球部やったとが、また」

昇降口までやって来てきた。
快晴で、体育授業にはうってつけの日だ。

スポーツシューズに履き替えながら、猪里は外を見遣った。
「ほんとにアイツら素振りしよるな」
「ナンパ男追っ払った虎鉄、カッコ良かった?」
「え?」
「カッコ良かったんだろ?」
「……うん」
猪里は恥ずかしそうに俯いた。
こんなところが虎鉄のツボを押すんだろうと思う。
「あ、今のは、虎鉄に言わんでよ?あいつすぐ図に乗りよるけん」
「おう、言わねーよ」
言わない代わりに、ちょっとしたお節介を焼いてみる。
「てか、言えばいいんだよ、付けるなって」
「……そうやね」
「付けるんだったら『させない』って言えば、効果絶大と思うぜ?」
猪里の顔が少し曇る。
「長戸、あんな、」
「なに?」
「虎鉄は、俺の……」
かなり言いにくそうだ。何なんだ?

素振りしてる奴らが、
早く降りてきて教えろなんて呼んでる。
俺は大きく手を振った。

「その……体だけやないとよ?」
すぐ横からの声は、か細く簀子の上に落ちた。
ああ、俺が言ったこと、虎鉄はヤり目的って風に取って、
正そうとしてるわけか。いじらしいな、なんて思う。
「俺は、そう思うとる」
「わかってるよ、そんぐらい。
 アイツがお前に惚れてんの、見てりゃわかるよ……それに、聞いたし」
「えっ?」
「昨日虎鉄、駅まで送ってったろ?俺あん時いたんだよね、偶然ね」
「なにを聞いたと?!」
「安心しろよ、俺がどんなHしたのか言わせようしたけど、絶対言わねーって口割らなかったから」
「……そう」
猪里は俯いて、薄く微笑んだ。
昨日虎鉄は、全部持ってかれちまった、って呟いた。
その時と同じ顔だ。
二人して同じ顔をするんだなって、何だかこっちまで気恥ずかしくなった。

「じゃあ、お願いしてみたら?夢中なのはわかるけど付けないで?って」
「……?!」
丸い目をさらに丸くして驚いてる。
「おねがい……?」
返ってくる反応が一々面白くて、からかいたくなってくる。
顔なんてさっきからずっと真っ赤だ。
あー、これは、虎鉄の余裕ない顔とか……
「ひょっとして、思い出しちゃった?」
「おッ、おも?……してない!してないけん!」
「はは、お願いは無理そう?」
「……どうやろか……わからん」
「付けんでって言えばいいだけなのに……ああ、そうか、わからなくなるほどか……そうかそうか」
「……?」
「何もわからなくなるほど、虎鉄のテクがすごいって?」
「なッ、なして、そげなハナシになるとよ?!」
「あはは」
「長戸は!意地の悪いっちゃん!」
「あはは、わりぃ、今度吸われそうになったら、もう頭叩けよ」
「あ!そうやね、そうするばい!」
ナイスアイデアだとばかりに顔が輝いた。
お願いより頭叩くほうがやり易いって、
男同士ってのは、よくわかんねえ。

体育終わって、教室に戻った。
着替える時、猪里はまた体操服の首元にこっそり鼻先を突っ込んで気にしてた。
「そんなすぐには消えねーから」
「なあ、コレどうやったら消えると?」
なんて聞いてくるから、
「彼氏に聞いたら?」
って言ってやった。
「……彼氏言うな」
ってまた真っ赤んなってた。

猪里からかうのおもしれぇなって、
自分趣味わりーなって思った次第。











よりぬきお題さん。