「あん時、あ、かわEー!欲しい!って思ったら、もう手に持ってたんだよNa」
俯いた横顔は、叱られた子供みたいに見えた。
お菓子を横取りして咎められた子供みたいに。
「『コレくRe』ってことわったんやろ?」
「いちおうNa……でも、『なぜ”その”写真を?(怪)』って顔してんだもんYo。
 やべぇバレたNaって、ドッキドキしてきて……
 しまいにゃ『猪里くんの?』って聞かれてYo」
「聞かれたとか……」
「オレもう逃げるしかねーJaん?」
虎鉄はふいと顔を上げ、猪里と目を合わる。
逃げるしかなかった虎鉄を、猪里は憐憫の目で返せない。
自分がそうさせたのだ。
その場にはいなかった。もし、いたとしても、まだ虎鉄の気持ちは知らなかった。
それでも、胸奥がちりっとした。

「まあ、いいやん?今となっては……?」
「そーだNa!済んだコトだしYo、水に流してやんYo」







一枚の写真を巡る顛末(改)2







猪里は、ふらっと立ち寄った公園で、
飲み物を飲みながら少し話をして、喉が潤えば腰を上げるのだろうと思っていた。
こんな長話になるとは思っていなかった。

---もう帰るだけやけん、良かばってん……

夕闇に包まれているのを利用してか、しないでか、
虎鉄が少しづつ距離を詰めてきているように、猪里は感じていた。
ベンチの上に置いた手に、
虎鉄の手がちょくちょく触れるのは気のせいなんだろうか?とも。

「なあ……どう思っTa?
 オレが猪里のこと好きらしいって、梅に言われたんだRo?」
「虎鉄女好きやて思っとたけん、信じれんやった」
「だよNa……でもほんとだZe?」
「ほんとは女の好きっちゃろ?」
「信じてくれYoー。
 実は……オレ同じクラスの子に告られて、
 そんで付き合ってもいいかNaって思ったんだけDo……
 部活やってても猪里の方つい見ちまうし、
 A組の前通るとお前探しちゃったりして、
 オレってソッチだったのかYoってマジ焦ったんだZe?
 でもお前見てると可愛くてSa、やっぱり好きなんDaって思って、
 好きなら好きでEーじゃねーかって、もうソッチでもコッチでもいいYaって思って」
「またそげな……可愛いやら言いよる」
「言わせてくれYo。オレの『可愛い』は特別なんだZe。
 猪里に言う時は『愛してる』っていう意味に取っTe?」
「うわ、おかしかー、お前なしてそげなこつの言えるとね!」
猪里の頬は薄赤く染まっていき、目を見開いて信じられないという顔をしている。
「ほら、そーゆーとこが可愛いって言ってんDaって」
「そーゆーとこてなんね」
猪里は顔を赤くしたままぷいっと横を向いた。
可愛いと言うなという割に、次々とど真ん中を突いてくるような仕草を披露する猪里に、
虎鉄はつい苦笑してしまう。

「でも、意識しちゃっただRo?オレのこと?」
「そん時は気にはなったとばってん、半信半疑やったとよ。
 写真持って行きよったぐらいのことで、確証のあるわけや無し、
 梅星さんはやけに自信ありげやったばってん……」
「梅はそーゆー奴なんだYo。ありゃなんか怪しげなレーダー持ってるZe、きっと。
 ヤケに察しはいいし、隠しても全部お見通しでYo、オレなんかしょっちゅう煮え湯飲まされてるZe」
「ははっ」
「Ah、あれはそーゆーことだったんKa」
「?」
「確証が欲しくて、『其奴もお前と同じ気持ちかも知れない』なんてあやふやな言い方したんだNa。
 それで、オレが食いつかなかったら、梅の勘違いってことだもんNa。考えたNaー、猪里」 
違うKa?というように猪里の顔を覗き込んだ。

「あれはそげん気持ちで言うたんや無かとよ……
 お前、俺がそげな……駆け引きに長けとうごとに見えると?」
「見えねーNa」
「あれは、俺にもわからんよ。『片思いね?』て聞いたらそうや言うけん、
 『相手は誰ね?』て聞いたっちゃがお前言わんけん……」
「言えるわけねーJaん!オレこんな風だけど、すっげぇ悩んだんだZe?
 避けられたらどうしようって……」

「それは……俺も同じやけん、あげなこつ言うてしもうたんよ。
 虎鉄辛そうやったけん、何か声掛けとうなって……
 同じ気持ちなんよって言いとうて、
 ちぃと遠回しな言い方になってしもうたばってん……」

シャイな猪里がこんな風に想いを語ってくれるとは思っていなかったので、
虎鉄は感じ入って、しばし猪里の言葉を反芻するように噛みしめた。

---「同じ気持ち」って言っTa……「同じ気持ちなんよ」って……

「猪里……」
「なん?」
「ありがと」
「なしてね?」
「オレの背中押してくれTe。
 まあ、もっと早く押してくれたら良かったのにって思うけDo?」
「あげんこつ言わんやったらよかったばい」
「え゛?」
「うそばい」
にかっと笑う猪里に、虎鉄は脱力した。

「この百戦錬磨の虎鉄大河さまをここまで骨抜きにしたのは猪里だけだZe?」
猪里は「それはそれは光栄ですばい?」と愉しそうだ。

虎鉄の手がするっと猪里の肩に廻された。
ぐいっと引き寄せると、猪里の目を見つめて言った。

「キスしたい」

「!」

虎鉄の唇が猪里のそれをちゅっと音を立てて掠めていった。
柔らかくて猪里そのものといった感触に虎鉄の胸は躍った。

頬を染めて茫然自失の猪里に虎鉄は囁く。
「ま、オレばっかじゃ悔しいし?これからは猪里も骨抜きにしてやるYo」

「きさん……」
キッと一瞥をくれ、猪里はガタッと勢いよく立ち上がった。
そして鞄を引っ掴みスタスタと公園の出口に向けて歩き出した。
「猪里ー、待てYo」と後を追う。
「虎鉄げな知らん!」
「謝るかRa」
猪里はくるりと振り向いた。目付きが険しい。
「なしていきなりそげんこつするとね?それに外やぞここ」
「オレ達付き合ってるんだRo?」
「はあ?付きおうとったら、どこでんスんのかお前は」
と手に持ったポカリの空き缶をペキペキと握りつぶした。

---こ、怖え~~~Yo!

「ほら、もう暗いし、誰もいねーだRo?」
「そうゆう問題や無か!」

キスして怒られたのは初めてだった。
『こげなところで……虎鉄んバカ』とか、
上目遣いで恥ずかしそうな反応を期待していた虎鉄は焦った。

「わかったと?」
「わかりましTa」

敬語で謝りながら、猪里攻略法は大幅な軌道修正が必要だとマッハで考えた。


たぶんこの道を進めばいつもの道に出られるだろうと、適当に歩いて行く。
どこからか甘ったるい金木犀の匂いがしてきたかと思えば、
煮焚きする美味しそうな匂いまでしてきて、
猪里は今日の夜は何食べようか……などと考える。
人通りの少ない道にも街灯がぱっぱっと点り始めた。


「虎鉄?」
「……」
「お前のしゃべらんとは不気味ばい」
「梅星のおかげかNa……って考えてた……今、猪里とこうしていられるNo」
「……ふふ、そうやねー」
密やかな含みある表情を虎鉄は見逃さなかった。
「なに?まだ何か隠してそーだNa」
「隠しとらんよ?」
「いーYa、隠してるNe!」
「隠しとらんて」
「オレが猪里の顔どんだけ見てると思ってんだYo?」
「は?」
「猪里だけ見てるRu。今までも。これからもずっと」
並んで歩きながらも、しっかり目を合わせてくる。
その笑顔が嬉しいのに、恥ずかしくて、
つい目を逸らせてしまう。
「まぁた、そげな恥ずかしかこつ言うとね……」
「オレは別に?恥ずかしくNeーけど?」

ーーー写真が”一つ目”の確証だとして、 
   ”二つ目”もあるっち言うたら、此奴はどげん顔するっちゃろうか?
   その”二つ目”のほうが、俺にとっては、びっくりもんやったけどな。

「そげに知りたか?」
「知りたいNe」
「そんなら聞くっちゃけど、
 お前、財布に俺の写真ば入れとるやろ。まだ入れとーと?」
「え?」なぜそれを?とバンダナの下の額に汗が滲む。
「な……んで知ってんだYo?」
「保健室でさぼったやろ、そん時財布落としたやろ」
「Ah~、あん時だNa!」
「入れとるんやね?」
「入れてまSu……
 でも、あれ、梅が返してくれたんだZe?また梅が余計なことしゃべったんKa?」
「俺が梅星さんに返しといてて頼んだんばい」
「猪里が……拾ってくれたのKa?」
「いいや。保健室の先生ばい」
「あッ!!」
いろいろ腑に落ちたらしい。
虎鉄は言葉を失った。

「職員室に用のあったけん行ったらな……」


******************************


養護教諭は若くて美人だ。その上明るくて話しやすい性格だった。
この教諭が赴任して来て以来、保健室でサボろうとする男子生徒に目を光らせるという、
余計な仕事が増えて教師たちはややウンザリしていた。
猪里が職員室前の廊下で担任との話が終わり帰ろうとすると、
話し終わるのを待っていたというように、彼女が話し掛けてきた。

「君、一年の……?」
「猪里です」
彼女はふわっと微笑んで話し始めた。
「猪里くん、これ虎鉄くんに返しておいてくれる?」
「はい」
何故虎鉄と知り合いなのを知っているのか少し気になった。
「保健室に落ちてたんだけど、
 誰のかわからなかったから、ちょっと見させて貰ったの。
 恋人の写真が入ってるなんて知らなくて。
 『見ちゃってごめんね』って謝ってたって言っといてくれる?」
とすまなそうに言い、財布を手渡そうとした。
が、
「恋人の写真」という言葉に動揺して手を滑らせてしまった。

二つ折りの財布は開かれた状態で落ちた。
パスケースに梅星から貰ったのと同じ写真が入っていた。

「ぶ、部活が一緒ですけん、それだけのことですばい!
 こッ、恋人とかやないですけん!」
慌てて拾い上げながら否定しようとした。
「あら、そうなの?虎鉄くん博多弁喋る恋人がいるみたいなこと言ってたから、私、てっきり……」
「虎鉄……くんがですか?」
「『彼女いるんでしょ?元気付けてもらったら?』なんて言ったらね、
 『N~、でも「男は根性ばい」とか言われるかRa』って言ったのよ?
 『福岡の子と遠距離なの?』って聞いたら、
 『ここの学校だけDo』って言ってたし……
 『彼女、いつも博多弁なの?』って聞いたらね、
 『いつもだYo?なおらねーみたい、てか、なおす気Naいみたい」って笑ってたの。
 『私の祖母が福岡にいるのよ。話してみたいなー、虎鉄くんの彼女と。誰?教えて?さりげな~く話しかけるから』
  って頼んでみたんだけど、
 『いや、それは内緒だZe』って……
  だから、てっきり博多弁喋る恋人がいるんだって思ったんだけど。
  それに君の写真も入ってたから……
  あ、同性だからって私とやかく言うつもり無いから安心して?」


******************************


虎鉄は記憶の糸を手繰り寄せた。
彼女に元気付けて貰えば?と言われて、このオレが片思いDaなんて、
癪に障るというか男の沽券に係わるというかで、言えなくて、
結局、養護教諭の誤解に話を合わせる羽目になってしまった。
弱り目に祟り目というやつなんだろう、
梅星に続いて二人目の女が自分の知らないところで暗躍していた事実に、
虎鉄は思わず唸った。

---オレ、ひょっとして女に祟られてRu? 
   猪里が一番好きだけDo、オンナノコも好きだZe? 
   ま、猪里にそんな順位は付けらんNeーけど。
   
---でもYo、考えてみたらその二人のおかげなんだよNa?  
   こうして猪里とつき合えるようになったんは。
   今日はキスもできたしNa~
   ……無茶苦茶怒られたけDo。
   
「そげな恥ずかしか財布、俺がお前に直接返せるワケのなかろうが」
猪里はキッと虎鉄を睨む。
「Hahah~n☆」
「はっは~ん☆や無か!」
「あ、それでKa!
 梅星から『保健室に落ちてたらしいですわよ?』って渡されて、
 なんDaコレ?押収品かYo?ってなったよNa」
「押収品……そげん風にしたとは俺やけどな」
「ジップロック?に入ってYo、ご丁寧にホッチキスで止めてあってYo」
「”そのまんま”はちょこっと不安でな……
 梅星さん中ば見たりせんやろ思うたっちゃけど、念には念を入れたとばい」
「Haha、猪里ナイスだYo」
「ナイスやなかけん。
 拾うたのがあの先生やったけん、良かったばってんがくさ、
 他の生徒やったらどげんするつもりね?」
「そん時ゃ、そん時De」
「阿呆ぅ、俺もうバリたまがったとよ!」
「たまがっTa?」
「タマが上がるほどびっくりしたゆうこつばい!」
「博多弁は奥が深ぇNa」
「そげなことに感心しとる場合や無か。あのセンセにはバレとるんよ?俺らんこつ?」

「……じゃあ、明日にでも言っとくYo。
 これはオレの片思いなんDaって。
 実際、あん時ゃそうだったんだしYo」

虎鉄のちょっと寂しそうな横顔と声に、胸がきゅっとなって、
片思いやなかったとよ、
と言いたかったが、出てきたのは別の言葉だった。

「そげなんせんでよか。
 今更余計怪しまれるっちゃろうが。それより早ぅ写真ば抜いときやい」
「やだNe。持っとくんDa。ほらこんなに、」
可愛い、と言い掛けてまた怒られては堪らないと言い換える。
「よく撮れてるんだZe」と尻のポケットから取り出して見せた。
「俺も貰うたっちゃが、そげに良かもんやなかろうもん」

写真の中の猪里はユニフォームを着て手にはグローブを付け立っていた。
全身写真なので、顔はさほど大きく写ってはいなかったが、
目はカメラ目線にぱっちりと見開かれ、少し小首を傾げていて、
「え?俺ば撮ると?」という声が聞こえてきそうだった。
小さな猪里はパスケースに収まっていた。
そしてその透明な表面にはある言葉が書かれていた。

白ペイントマーカーの『MyLove』という文字を、
再び見ることとなった猪里は「勘弁しとって!」と喚きたくなった。

「せめてその字消しときぃ」
「やだNe、Loveを消すなんて縁起悪ぃことオレにはできNeー」
「ふん、俺ん前は誰か他の女のが入っとったっちゃろうが」
「猪里ぃ、こんなことしたのお前だけだっTe!」

その後も「抜いとけ」「やDa」という会話を繰り返し、
結局猪里が折れた。しかも案外すんなりと。

突然キスされて、恥ずかしかったけれど嫌じゃなかったのに、
寧ろ、虎鉄を好きだという気持ちが確かなものだと感じられて心地よかったのに、
照れ隠しで怒ったふりをした。

そんな自分を戒めたかったのかもしれない。

「今度落としたら知らんけん」と釘を差すのは忘れなかったが。