お、虎鉄じゃねーか。猪里も一緒?

俺、長戸淳平は、駅前のスーパー前にいる。
母ちゃんに弁当に入れるウインナー買い忘れたから買って来いって言われて、
特売のそれ買って、チャリ乗って帰るとこ。









スペシャル









秋季大会始まるちょっと前に、
虎鉄から「OKもらった」ってメール来て俺はタマげたんだ。
猪里がホントにOK出したのかよ?って、
半信半疑で「マジで?!」って返したと思う。
驚いたことに、その返信は「マジ!」だったんだよね。
そう、マジもマジに付き合うことになったみたいでさ。
猪里もヤツのことを憎からず思ってたらしく、
虎鉄は毎日幸せそうで、
俺は、良かったなぁなんて、ホッと胸を撫で下ろしたりで。

でも、体育祭辺りから、虎鉄はどんよりした顔みせること多くて、
猪里もなんかよそよそしかったんだ。
だから、何かあったのか?とは思ってたんだけど……?
なーんだ。普通に仲良いんじゃん。

虎鉄が猪里を駅まで送ってきたらしい。
奴らは、ピッチャーマウンドからホームベースぐらいの距離、
そう、俺の20m弱ぐらい前方、9時の方向から現れて、
1時の方向へとゆっくり通り過ぎて行った。
肩を並べて、親密そーな雰囲気を醸してる。
虎鉄は猪里の腰に腕を回してはたき落とされたりしてる。ウケる。

駅着いて、向き合った二人は何か喋ってる。
俺の位置からは虎鉄の顔は見えるけど、
猪里の顔はこっちに背を向けてるから見えない。
虎鉄は何だか名残惜しそうにしてる。
パーカーのポッケに両手を突っ込んでるのは、
そうしておかないと、つい、手を握ったり髪や頬を触りたくなるからだろう。
猪里が小さくばいばいって手を振って、改札に向けて歩いて、
帰宅ラッシュの中に紛れて行くのを、虎鉄は見てた。

はあ、もう、見てらんねぇ。
明日学校あるんだから、いくらでも会えるだろうが。

雑踏の中を走り寄り、いきなりどーんと肩を抱き込んでやった。
「ッ!」
「よお、色男」
「長戸?!」
かなりの驚き様で、吊り目が丸くなってる。
してやったりとばかりに肩を突き放した。
「ビックリさせんなYo」
「今の猪里?」
「そーだYo。何やってんDa?買い物?」
「ちょい頼まれてな」
レジ袋をちょいと持ちあげる。
「248円だぜ。今日お客様スペシャルデーでよ。3つ買って来いってよ、
 や、んなこたどーでもいいんだよ……猪里、帰ったんだ?」
「見てたのかYo」
「デート?」
「まぁNa」
「どこ行ったの?」
「ウチだYo」
「……へぇ」
「……なんだYo」
「……ヤッたんだ?」
「ヤッTaとか言うの禁止」
「じゃあ……イタしたんですね?」
「だかRa、禁止」
「んー、ラブをメイクしたとか?」
「禁止」
「えっちなコトを……」
「言わねーかRa」
「ベッドで……しっぽりと、えーと、えー……エロな……」
「お前、もう、しつけーYo!」
「何だよ、ケチ。徐々にソフトォ~~に言い換えてやったのによ」
「HaHa、最後、続かなくなったクセNi」
虎鉄は普通に愉しそうだ。
最近ふとした瞬間に見せてたあのくらーい目はしていない。
「お前ら最近あんま一緒にいねーから、何かあったんだと思ってたけどなぁ?」
「ああ、オレがしくって、避けられてたからNa」
「もしかしてもしかするかもだけど、初めて?」
「まぁNa」
「猪里どうだった?」
「……ひ・み・Tsu」
何、その上目遣い、エロいんですけど。
「ヤラしーなぁ……絶対言わねぇってことかよ?」
「そうだZe?わりぃかYo」
「……ふぅーーーん」
猪里との初めては、話さないってことだ。
これまではイロイロ情報交換してた仲だっていうのに。

「でも、オレ、あんなのはじめてDa……
 全部持ってかれちまっTaってカンジ……」

その言葉の続きは「猪里に」なんだろうなぁ。
虎鉄は、少し目を細めてやわらかーく微笑んだんだ。

友人が恋に落ちていく、そんな瞬間を目の当たりにしたような、
こっちまで恥ずかしくなるような、
そんな夜に、
俺は弁当のオカズ入ったレジ袋下げてるよ。
……なんだかなぁ……

「チャリ?」
「ん」
「ドコ置いてんDa?」
「ああ、あっこ」
俺が背後のスーパーを親指立てて示すと、
虎鉄はなぜかその上、夜空を振り仰いだ。

「月?」
「……ん」
「今日はでけぇよな」
「さっき、猪里が『月がきれいかねぇ』って言ったからYo」
「えっ?!」
「?」
「ホントにそう言ったんか?」
「え?なに?Soーだけど?」
「……それ、たしか、あなたが好きですって意味だぜ?」
「Ha?なにソレ?月がきれいって言ったら、『好きです』になるっTe?」
「らしいぜ」
「なんでSoーなるんだYo?」
「さあ?」
「なにをDoーいう風にスッ飛ばしたら……好きです、になんだYo?」
「俺も知らねーって。なんか有名な作家が言ったとか?聞いたことねぇか?」
「ねーNa……明日猪里に聞いてみよーかNa?」
「お?聞いちゃうの?」
「……やっぱ止めとく。『きれいやけん、きれい言うただけたい』って言われそうだしNa」
「はは、言いそう!ジト目で言いそう!」
「だRo?」
「なあ、俺、良いコト考えた!」
「またよからぬコト思いついたのかYo?」
「なあ、次、月がきれいな夜があったら、お前が言ってみれば?」
「Ah~……で、反応見るんだNa」
「そそ」
「HaHa、ドキッてな顔見せたら……オレはシアワセになれるってワケDa」
「どうよ?」
「長戸クン、」
虎鉄は俺の肩を抱いた。
「そんな気が回るのに、なんで彼女いないNo~?」
悪戯っ子みたいな笑みを浮かべ、顔を覗き込んできた。
「うるせぇな、ほっとけよ!」
「HaHaHa!」
肩に置かれた腕を払い除けると、
虎鉄は楽しそうに笑った。

「お前、帰んなくてEーのかYo?」
「やっべ、帰って亮平風呂入れねーと!」
「だろうと思ったZe。兄貴、早く帰ってやんなYo」
「おう、じゃーな!」


自転車を走らせながら、夜空を見上げ、
俺は、考える。

「月がきれい」は「あなたが好きです」になり得るか?

虎鉄にも言ったけど、作家の意図なんてわからない。
聞いたような気もするけど、忘れた。
今の俺にもわかることは、月はきれいだってこと。
何てったって、唯一無二の存在だし。
今夜の月は殊更きれいで、
人々は「きれい」と声にしていることだろう……今宵、そこかしこで。

心の中に、特別な、ただ一人の人がいる。
そんな人は、思わず「きれい」と声に出てしまうものなのかもしれない。
一緒に過ごす時の中に。

虎鉄は「そうだNa」なんて返したんだろう、
猪里の口を衝いて出た「月がきれいかねぇ」って言葉に。
それは、お互いがお互いを特別と思う一瞬だったんじゃないか?

特別な人とは、
他愛のない日常的なことで密やかな共有が出来たらな、って思うんだ。
今夜の月もそうだけど、例えば、夕焼け、
道端に咲く小さな花、
水溜りに静かに広がる水紋、
遠くに見える街明かり、
そんな、ささやかな美しいもの。

「きれいだ」と言って、
隣から「そうだね、きれいだね」なんて返ってくる、
そんなちょっとした賛同にさえも、きっと、心がざわめいて。

鼻で笑われたら嫌だな。
「柄にもないこと言った!」なんて誤魔化すしかないな。
取り敢えず、微笑んでくれたなら良しとしよう。
「そうだね」と返ってくれば、
俺は幸せ……なんだよな?きっとな?

本格的な冬にはまだ少しあるけど、
夜は冷え込むこの季節。
ハンドルを握る手や頬を撫でていく夜風は冷たい。

「さっぶ!」

月がきれいだ。

俺にとっての特別な人は、いつ、俺の前に現れるんだろうか?

「そろそろ……現れてもいいんじゃねぇの?」

今宵、この月を見上げたりはしてないだろうか?

「きれい」
と、呟いたりしていないだろうか?













よりぬきお題さん。