4月某日。

ある日の放課後、
春休みの課題提出が遅れている生徒は、一つの教室に集められ、
業を煮やした教師により缶詰になっていた。

長戸、虎鉄、猪里はもれなく缶詰コースとなったが、
どうにか開放されて、
2ーCの教室に帰ってきた。

「春休みぐらい課題ナシにしてくれたってEーじゃねーKa」
「まったくだよ」
暇をつぶすためか、クラスの違う長戸も一緒である。
「どうにか提出できたんやけん、良かったやん」








春の日、風が吹いたら







猪里はグラウンドに目を止めた。
「なあ、見てん。監督1年ばパンツ一丁にして、なんしょっと?」
「へぇ、おもしろSoーなコトしてんJan」
「入部希望者をふるいにかけるとか言ってたよな」
「たぶん……あのパンいちの奴らは……」
猪里は瞳を曇らせる。
「……もう後がないとよ」
「Ah~、そういうことKa……負けたら入部ナシってことKa」
「エグいな」
「何点差なんDa?」
「猪里、スコアボード見える?」
「5回裏、3対1」
「へぇ、珍しい。下手投げかよ」
「アイツ、ソフト出身なのKa?」
バッター二人が早々に三振に仕留められ、
三人目の打者がバッターボックスに立った。
「え?敬遠?」
「……あー、歩かせよった……」
フォアボールを与えられ、ヘアバンドをした上半身裸の1年生が一塁まで歩いていった。
「Hooー……”次”で勝負かYo」
「なぁ、ピッチャー見ろよ」
「左に持ち替えたNa……両投げかYo」
「うわ、速っ!……135いや140は出とる」
「左のオーバースローがキメ球なんか?虎鉄、打てる?」
「打てるだRo」
雨が降ってきた。
「ストライク2たい……」
「てか、アイツどっかで見たことあるような」
「ピッチャー?バッター?」
「バッター」
その半裸の1年生はかなりの速球に食らいつき、打球はバックネットを揺らした。
「当てたやん」
その後、ファールを連発している。
「粘るな」
「後がないんだZe?死に物狂いSa」
雨だけでなく、風も強くなってきた。
「あ、すっぽ抜けよった……グリップに!……当たったあああ?」
打球は頭上高く上がって、キャッチャーはミットに捕らえるのみである。
「終了だNa」
「……落とした!」
「なんDa?ワザとKa?」
「ワザとやね……途中までは捕る気やったごたる」
「ワケわかんNe」
「思い出した……彼女に告りやがった奴だよ……マジかよ……入部する気かよ」
「カノジョ?!え?お前今、カノジョつっTa?いつの間にだYo!聞いてねーZo!」
「へぇ、長戸おしえてくれんね?だれ?いつから?」
「え?最近だよ……ひっでえ雨だな……俺、傘ねぇわ」
「話そらすんじゃねーYo、なぁ、だれYo?」
雨風は強くなり、木々を大きく揺らしている。
その上、雷まで鳴り出した。
「バレンタインに門で待ってたコ、後輩だ、よ……打ったああーーー!」
雷鳴が轟き、稲光に一瞬目が眩む。
「捕ったのKa?あのグラサン」
「なんか、ガッシャーンって音せんかった?」
グラウンドの1年生達は、雨の中、一様に校舎を見ている。
「どこば見よると?」
センターが真上を見上げている。
虎鉄は窓から身を乗り出し、彼の視線の先を追った。
強い風がカーテンを教室外へ吹き流す。
「おいおい、マジかYo……時計Ka?」
「時計に……?」
「当てよった……?」

2人ホームに還り、劣勢と見えた後攻は雨の中、同点ホームランに抱き合って喜んでいる。
「面白くなってキタZe」
次のバッターは敢え無く三振に討ち取られた。
「こんな天気だぜ?まだやるのか?」
どうやら5回で試合終了らしく、両チーム整列し、監督が何か告げている。
両チームとも入部決定なのだろう。
双方沸き立っているのが見て取れた。
「こんな面白Soーな試合、始めから観ときたかったZe」


教室の後方、窓際の三席に座り、
雨が止まないかと期待する。

猪里は一番後ろの席に座り、先程から神妙な顔つきである。
「どしTa?猪里ちゃん?」
「……あの監督が一年早う来とったら、俺ここで……十二支で、野球できとったやろか?」
「猪里なら行けただRo」
すぐ前の席からの声は、呑気そうである。
「ばってん、いきなり2チームに分けられて、俺だけ、お前らと闘うことになっとったら……
 身ぐるみ剥がされて……負けて、野球部入れんごとなっとったら……思うたら……怖なった……」
「猪里、心配しすぎだRo。今ココで野球できてんだかRa、気にするコトなんてねーYo」
「そう……やろか?」
「猪里の言ってることわかるわ。高校の、それも県立だぜ?
 入部試験ってなんだよ……プロじゃあるまいし」
「オレ、今、確信したZe」
「「何を?」」
「オレらが十二支で野球するのは、必然だったんDa」
「「はあ?」」
「空が青く球児たちが白球を追いオレが雲のかなたにアーチを描くのも、
 全てはGET YOU、猪里のため、だったんDa」
虎鉄は「GET YOU」でウインク☆まで寄越した。
「あほやろ、お前」
「猪里ってBa、長戸がいるからっTe、照れちゃっTe」
「照れとらんけん!」
「てか、このフレーズ良くないKa?」
「虎鉄……国語が壊滅的なのに、よくそんなセリフがすらっすら出てくるな……お前何者だよ、感心するわ」
「国語が出来ない詩人ってトコかNa、オレは」
「国語ができん詩人げなおらんけん」
「口説き文句が、それもクサイのが得意なだけだろーが」
「お前らヒデェNa。よし、このセリフで女のコが落とせるか賭けてみるKa?」
「ふーん……やってみれば良か。落とせんほうに俺は賭けるけんね。虎鉄、ラーメン3杯な」
「やってみてもEーのかYo」
「やけん、良かって。ばってん、そげなセリフ聞かさるー女子がかわいそか」
「へぇ、猪里余裕じゃん。ヤキモチ焼いてもらえない虎鉄哀れ……ぷっ」
「後で吠え面かくなYo」
「俺も落とせないほうに、ラーメン2杯ね」
「オレが勝ったら、DoーすんだYo」
「うーん……万が一、本気にするコがおったら、かわいそうやね」
「やっぱオレできねーYo。猪里というステディがいるからNa」
「ま、あんなので落ちるコはいねーよ……じゃ、俺、帰るわ」
長戸は立ち上がる。
「デートかYo」
「まぁな」
「まぁな、なんて余裕こいちゃってSa……フられないよーにしろYo?」
「ヤキモチも焼いてもらえないお前とはちげーから」
「くッSo!」
「俺、よう覚えてなかたい。今度おしえて、長戸」
「オレにもNa」
「別にいいけどよ……お前ら冷やかすじゃん」
「ええ~?長戸がソレ言うとか?俺らんこつは冷やかすクセに」
「猪里、面白えんだもん」
「面白いってなんね?!」
「はは、じゃ、お先」