ピンポーン。

実家からの荷物だろう、俺は課題から顔を上げた。

「猪里さん、お荷物です」

玄関に向かい、ドアを開けた。


最近この時間帯は、女性ドライバーが配達してくれることが多い。
しかし、先ほどの声は男性のもので、
ハンコを押そうとしたら、箱はやはり、いつもより高い位置にあった。
「どーも、ありが、」
いつもの人やなかとやね?……と、視線を上に見遣った。
「と……」
忘れられない顔があった。
「ッ!」
「……久しぶりっす」
「……きさんは!」
「すんません、またコッチ回ることになったんで……」
「またウチに来るっちことかいな?!」
「……はい」
「よぅも、そげな……そげなことの言えるっちゃんね!」
確か去年の梅雨時だった。
虎鉄がこいつに、この配達員に襲われたのは。
がたがたと震えながら「怖かっTa」と泣いていた虎鉄。
忘れられる訳などない。

「あれから……頼んでルート変更して貰って……俺、悪かったと思ってます」
---いけしゃあしゃあと、のうのうと。
「悪かった思うとる?ほんとかいな?」
「悪かったです……悪かったと思ってます」
「あいつは……しばらく、配達の車通っただけで、びくっとしとったとよ?」
「……謝りたい…です」
「そいは、できんね」
「……そうっすか……」
「今更やろ……トラウマが蘇るだけたい」
「……ですよね」
彼の顔には、やや自虐的な笑みが張り付いている。
「明日からでいいけん、また、そのルートやらば変えることはできんとか?」
「元に戻されたばっかなんで」
「しょーがないっちこと?」
「……お荷物です」
ハンコをお願いしますとばかりに箱をちょいと持ち上げた。








EAT ME! part1







虎鉄にあのようなことをしでかした奴とまた顔を合わせなければならない……
---二人とも、忘れかけとったとに。
引越しができればそれに越したことはないのだが、
大家は、祖父の竹馬の友であるらしく、
安く住まわせて貰っている上、
何くれとなく世話を焼いてくれている。卒業まではできそうにない。

当時、父に荷物を〇〇便で送らないように頼んでみたが、
「なしてね?」と聞かれ、上手く返せなかった。
---あの時正直に話せば良かったとかも。
虎鉄が襲われたのだと。しかし、父が怒る余り警察沙汰になったら?
---大家さんに迷惑が……
そんなこんなが頭を過り、話せなかった。
俺たちは、養われている身で、
まだ色んなことに決定権がない。
あの時もそうだったが、今もそうだ。十代であることが歯痒い。

再び課題に向き合うも、知らず筆圧が強くなる。
ノートの上で、シャーペンの芯がボキッと折れた。



春季地区大会はまずまずの結果に終わった。
−−−次は県予選たい。
前任の主将は、主将として生まれついたような人だった。
自分にはそこまでの器量は到底ない。
−−−俺は、キャプんごと、しきらんけんなあ……
けれど、影となり日向となり支えた人が前主将にいたように。
−−−俺にも、おるけん。びびることげな、なんもないけん。
部誌に目を通していたら、其奴に声をかけられた。
「猪里、今日行ってEー?」
「…………」
今日はたぶん、荷物は届かない筈だ。
「ダメ?」
「……や、よかよ」


一緒に夕食の準備をして、取り止めのないことを喋りながら食べ、
テレビを観たり、
いつもと変わらぬ二人の時間だ。
でも、俺は、浮かぬ顔をしていたのだろう、虎鉄は聞いた。

「猪里、なんかあっTa?」
「え?……うん……」
「なに?」
俺はこの前のことを話した。

「もう、ダイジョーブだZe?」
「そう……なん?」
「心配してくれてんのKa?」
「そりゃ……お前んこつタイプやって言うとったとやろ?」
「言ってたNa」
「鉢合わせでもしてん?怖かろ?
 お前、当分ここに来んほうが良かっちゃない?」
「当分……Te?」
「さあ?」
「無理だYo」
「…………」
「オレ、猪里とこの部屋で過ごしTaい……四六時中一緒にいTaいって思ってんのNi?」
「ばってん……」
「猪里は?オレといたいって思わねーNo?」
「……思うばい」
「じゃ、いいじゃねーka、なんとかなるっTe!」
「……うん」
有耶無耶になってしまった。
本当にいいのだろうか?

先に風呂に入って出ると、
虎鉄は、ソファベッドに布団を用意してくれていた。
「ありがと……俺、疲れたっちゃん。先、寝てもよか?」
「え?待っててくれYo」
「んー……」
「だかRa、一緒にはいRo!っていつも言っTeんのに」
「狭いやん」
「そういやSa、」
押入れから出した枕を、放られる。
受け取ってベッドに放ると、虎鉄はやや含みある顔つきで聞いた。
「あん時、猪里ちょっと変だったよNa」
−−−思い出さんでよかのに。
「そう?」
「オレを”下”にしたそうな、なんかそーいう目で見てただRo?」
あの夜、あいつが虎鉄の首筋に舌を這わせたと聞いて、
俺はかなり苛ついたのだった。
あいつの痕跡を消したくて、自分も同じことをしたのだ、
−−−可哀想な虎鉄に……
これでは同じ穴の狢だと、途中で我に帰ったけれど、
自分は独占欲の強い男だと思い知らされた夜だった。
「ああ、そうやった?」
認めたくなくて、すっとぼけた。
「うん、そうだっTa」
「あれは、お前の……誘導尋問に引っ掛かっただけやん」
「……Fuーん」
もう一つの枕に手を掛けたまま、ぼんやりとしている。
「虎鉄……?」
「N?」
「もう傷は癒えたとね?」
心の傷が癒えたら俺が”上”になるのもやぶさかではないと、
確かそんな話もしたから。
「えっ?」
虎鉄の見開かれた目に、焦りを覚えた。
俺は、うっかり、あの夜と同じ顔をしたのかもしれない。

「あはは、冗談やけん」

「してYo」
いきなり真っ直ぐ見据えられる。

「は?」

「いいYo、猪里になRa、てか、猪里がいい」

虎鉄はふいと目を逸らした。
俯き加減の居た堪れなさそうな、やや恥ずかしそうな横顔は、
冗談などではないと語っていた。
恋人のこんな反応に生唾を飲み込む、
こんな状況が、
これほど急に訪れるなんて、
今日部室で訪問の伺いを立てられた時は、思いもしなかったのに。

「いやKa?」
「そんな……お前こそ……正気なん?」
「いいZe」
気づかれていたのだろう、
俺の上に乗っかっるこいつの尻に手を伸ばす、
不埒な仕草を、いつしか気づかれていたのだろう。

「……じゃ、風呂もらうかRa」
枕は放られた。
「あ?……うん」
受け取って、抱えたままベッドに座った。
俺は、それを、並べて置くということも忘れていた。

虎鉄が風呂に入っている間、ぼんやりと思い起こす。
俺が虎鉄に組み敷かれたのは、1年生の時だ。初冬だった。
許しも得ず、なし崩しに体に入ってこられて、
事後かなり憤慨したし、怒りもした。
でも、俺が腹を立てたのは、
相談もなく勝手にローションなどを買って用意していたことに対してだ。
体を繋げたことには後悔していない。
虎鉄のことが好きだったから。
それは今もだ。

その時、虎鉄が俺を赤ずきんちゃんに例えて、
我慢が出来なかったなどとほざいたものだから、
その後しばらくの間、虎鉄が盛る度、
「赤ずきんちゃんと狼」は二人だけの隠語になったりもした。

「明日も朝練やん……せんっち言っとーやろ!」
柔く抵抗はする。
するのだけれど、大抵は押し倒されるのが常だった。
「こんクソエロ虎……!や、違か、エロおーかみ!」
「赤ずきんチャン、お願い、オオカミさんの言うこと聞いTe」
「聞いたら、俺は食わるーちゃろーが」
「大人しく食われろYo」
「いやばい」
「赤ずきんチャン、このジャージの中は何が入ってるのかNa?」
俺のジャージに手をかけ、引きずり落ろそうとする。
「聞いとう?いやっち言っとーやろ」
「なに?言ってMi?」
「お菓子げな入っとらんけん」
「えー?お菓子より”いいモノ”入ってるJan?」
熱っぽい目で見つめられる。
「入っとらん!あッ!」
触られると、どうにも抵抗しきれなくなっていく。
「ウソー?何だかおっきくなってきたZeー?」
「やめッ!」
「そろそろ食べごろだけDoー?」
「もぅ、きさんは……!」

「赤ずきんちゃん」だの、「狼」だのと繰り返して、
結局は虎鉄の必死さが可愛くて、根負けしてしまい、
許してしまうのが常だった。

このちょっと馬鹿げた二人だけの秘密の言葉は、
しかし、間違いなく、拍車を掛けた。
二人の、恋する気持ちに。