元旦。

朝は「明けまして、おめでとうございまSu」と猪里家の人々と挨拶を交わした。
お父さんは着物を着ていたが、とてもよく似合っていた。







キャッチボール日和







朝はお屠蘇を飲み、雑煮をご馳走になった。
「餅が丸いんDa」
「そうっちゃよ?」
「オレ四角い餅の雑煮しか食べたことないNa。これ魚入ってRu?美味しいNa」
「へえ、俺は丸いのしか食ったこつ無か」
「じゃあ帰ったRa、オレん家来いYo。オフクロに作って貰うかRa」
「ほんなごと?楽しみばい」

昼近くなってヒロ兄の家族が年始の挨拶にやって来た。
ヒロ兄は次男で、今日は長男も一緒だった。
「どこまでいってもオトコばっかじゃねーKa」
「ふん、男ばっかで悪かったばい。女の従姉妹もおるとよ」
「え?いるのKa?猪里の従姉妹ならカワEーんだRo?」
「埼玉におるばい」
「ウSo!会ってみTeー!」
「まだ幼稚園ばい」と猪里はくすっと笑った。
「幼稚園Ka……」
「ざーんねんでしたばい」
「Na、イタリアにはいねーのKa?お父さんの方No」
「そりゃおるばってんがくさ、簡単には会えんめーもん」
「イタリアのオンナノコKa……EーかMo」
「なーにニヤケとう、エロ虎が」

居間はお客さんでいっぱいで、賑やかな正月だった。
おせちやつまみは炬燵の上に所狭しと並べられていて、
男達はアルコールも入って上機嫌のようで、
聞いたこともない言葉で話し掛けられたりした。
博多弁にはかなり慣れたつもりだったが、頭の中は「?」マークが飛び交っていた。

「虎鉄、外行かんね?」
「イイZe」
猪里は隣で焼酎を飲んでいるマサ兄の肩を叩いた。
「原チャ貸してくれんね?」
「よかばってん、気ぃ付けよ?」

元旦の外気は冷たくコートと手袋で装備を固めた。
猪里はグラブ二つとボールを前カゴに放り込みシートを跨いだ。
「はい、乗って。ちょこっと窮屈ばってんが」
ヘルメットを被り、
もう一つのそれを投げて寄越した。
「ええ?猪里Sa、免許持ってんNo?」
ヘルメットを胸に抱きオレは少し途方に暮れる。
「持っとらんばい」
「乗っていいのかYo!」
「中学ん時から乗っとうばってん、捕まったこと無かっちゃんね」
「Wow、お前スゲー大胆だNa」
「乗らんとか?」
瞳が挑発するように煌めいた。
「ちっ、乗ってやるZe!もー心中Daー!」
「ばぁーか、俺はお前と心中やら御免たい」

原付バイクは2人で乗る構造にはなっていない。
猪里の背中に張り付くも、かなり苦しい体勢を強いられる。
猪里はスロットルを廻し、エンジンを吹かしてぎゅんと飛び出した。
カーブした坂は体を傾けながら滑り下り、田舎道に出た。
長閑な田園の風景がエンドレスで後ろに飛び去っていく。
「いのりーっ!ドコ行くんDaー?!」
「着いたらわかるけん!」
「オレ、ケツ落ちそうDa!」
「しっかり掴まっときぃ!」

別に人見知りする性格では無いけれど、
よく知らない人ばかりの中で、自分でも気づかぬ内に少しばかり疲弊していたらしい。
猪里はそれに気づいてくれたみたいだ。
寒空の下の疾走に、胸の奥がほわっと温かくなる。
猪里はマフラーまで巻いてるから、項にキスは出来ない。
その替わり、廻した腕に力を込めた。


着いたのは荒涼とした場所だった。

「ココ何なんDa?」
「潰れた教習所ったい」

どれくらい前に潰れたのだろうか。
本物に似せて造られた道路のアスファルトはでこぼこで、信号や標識は錆びて傾いていた。
夏の間に伸びた雑草が、枯れて風に揺れていた。

「ほれ」
猪里はグローブを投げて寄越した。
皮の匂い。誰かの手に馴染んだそれ。
慣れるまで少し時間が掛かるかもしれない。
偽物の荒れた道を走って距離を取り、
猪里は伸びやかにボールを投げた。

セカンドとファーストベースのインターバルは90フィート。

捕球、皮越しに掌に響く、真っ直ぐな衝撃。

投球、狙いを定め、走者を刺せとばかりに素早く。

昨年最後の部活はつい先日だったのに、心躍る心地する。
オレ達には野球が似合ってるんだと気付かされる。
改めて気を引き締めるのにはうってつけの日ではあるし。
雲間から射す日の光を浴びて、猪里も愉しそうだ。

「今年の夏は甲子園だZeーー!!」
「おう!!」

キャッチボール如きに熱くなって、セーターも脱ぎ捨て、
捕って、投げての繰り返し。
大声でジョーク飛ばして、二人笑って。


誰もいない打ち捨てられたような場所で。













(’04.1.1初出)