冬休み、部活も休みになった29日、
帰省する猪里にくっついてオレも機上の人となった。







西へ帰ろう







嬉しさの余り「婚前旅行みたいDa」とニヤけて猪里に呆れられた。
「ったく、変な妄想すんな」
「いいJan、オレ、ほんと嬉しいんだっTe」
「田舎やけん、お前退屈するやろ?」
「しないっTe。5日も離れ離れなんて耐えられませN」
「たった5日とぜ?」
「ダメ。オレ寂しくて死んじまうっTe」
猪里は「言っとけ」と鼻で笑うと窓の外を見た。
眼下の雲は日の光を受け、その白さが眩しいくらいだった。


帰省客でごった返す空港で、オレ達を待つ人がいた。
「タケー!」
「ヒロ兄!」
猪里は「従兄っちゃよ、大学4年なんばい」と言って、足早に促した。

「久しかぶりやねー」
「おう、そん人が友達かいな?」
「虎鉄大河でSu。よろしくお願いしまSu」
「こっちこそ……今までに無かタイプっちゃね」
「Hai?」
「いやあ、猛臣の友達連れて帰るげなて聞いとったばってん、こげんしゃれこつたぁ……」
「Ha?」
「おしゃれな奴って言いよると」
猪里が助け船を出してくれたが、言葉が解らない心細さに、
「HaHa、そりゃ、どーMo」とあやふやに誤魔化すことしかできなかった。


荷物をトランクに入れ、車は猪里の実家に向けて走り出す。
二人のディープな博多弁に付いていけず、車窓から外を眺めた。
市街地を抜けて少しずつ風景が変わっていく。
山々や平野は今は冬枯れの色で、
夏になれば緑が綺麗なんだろうなと思ったりした。

---夏は県予選、そして甲子園Da。

うつらうつらしていると、
「虎鉄、もうすぐたい」と猪里に言われ、少々緊張してきた。

あれは、1週間ぐらい前のこと。



夜、猪里の部屋でコトに及ぼうとパジャマ替わりのスウェットを脱がせていた時、
電話が鳴った。
「いいトコなのNiっ」
「たぶん父さんやろ」
猪里はオレの腕の中から抜け出ると、這って電話に出た。
常夜灯の下、裸の背中が寒そうで、
毛布を掛けてやりそのまま後ろから抱き付いた。
猪里が受話器を置くと、我慢できなくて押し倒した。
「ちょお、待ちぃ」
「いYa」
首筋にキスすると擽ったそうに笑った。
「虎鉄、九州男児って言葉知っとぅと?」
猪里はオレの首に両手を掛けながら聞いた。
「知ってるZe」
「どげな男やち思っとう?」
何故今そのようなことを?と思ったが、素直に答えてみた。
「Ahー、あれDa、すげー男らしくて、亭主関白で、それから男尊……?」
「女卑。よく出来ました」
「九州男児がどうかしたのKa?」
「俺の親父ったい。お前の今言ったとおりばい」
「え?」
オレの項辺りで両の指を組み合わせながら、妖しく微笑んで言った。
「男とこげなことしとるて知れたら……?」
「……知れたRa?」
何だかイヤな汗が滲み出てきた。
「俺、ちかっぱくらさるっとよ。そんで次の日には連れ戻さるっと」
「そ、そんNa!!」
瞬時に頭に浮かんだのは、
恰幅の良すぎる親父が鬼の形相で猪里を殴り付けている場面だった。

そして一気に萎えてしまって、その夜は台無しになってしまった。


その夜の自分のヘタレ具合に今更ながら落ち込んでいるうち、
どうやら到着したようである。
猪里の家は大きな日本家屋で、切妻屋根の瓦が冬の日光を浴びて鈍色に輝いていた。
庭の周りは灌木が植わり、枝振りの良い大きな松もあった。
「でけー家だNa」
「田舎やし住んどう人数も多かけん」


車の停まった音が聞こえたのか家の中から人が出てきた。

「おかえり、猛臣」
「ただいま」
お母さんらしい。笑顔が猪里に似ている。
化粧っ気は無いのに綺麗な人だと思った。
「ヒロくん、ありがとね。
 虎鉄くん?よう来んしゃったねえ。
 何も無かとこやけど、自分ん家や思てゆっくりしてんしゃい」
「お世話になりまSu」と言って母から言付かったお土産を渡した。
「あらあ、すいまっせんねぇ」
「父さんは?」
「もうすぐ帰って来るやろ、くたぶれたとやろ?さ、家に入りんしゃい」

家の中に入ると今度はお祖母さんに挨拶したりと忙しかった。
広い畳の間に大きな炬燵があり、
その横には少し小さめの炬燵まで出してあった。
部屋は暖かく、台所から夕餉を支度する匂いがしてきた。

二階に荷物を置いて降り、炬燵でヒロ兄と猪里とで寛いでいると、
玄関の戸ががらっと開く音が聞こえた。

---親父さんKa?

予感的中。

「猛臣ー。帰っとぅとー?」
と、座敷に入ってきたのは……