---が、外国人?

「おかえり。父さん」
「おお、猛臣もおかえり」

次男の帰省に相好を崩しているこの人物は日本人にはちょっと見えなかった。
背こそ高くなく、日本人で言うところの中肉中背だったが、
短めに刈った髪の色は明るい茶色で、肌の色は少し日に焼けていたが白かった。
流石に鼻梁は高めだが、顔の造作はそれ程濃くは無い。
瞳の色は榛色で、少し垂れ気味の柔らかい目元をしていた。







猪里家の食卓







「え~と、虎鉄くんね?遠かところよう来んしゃったねぇ」
「Haiッ、お世話になりまSu!」
勢いよく答えた。
「まぁゆっくりしてんしゃい。後でいろいろ聞かせてな?」
「Haiッ!」
猪里の父はにっこり微笑むと台所に消えた。
「母さん、ヒロくんにビールば出しちゃんない」と、
ご機嫌な声が聞こえてきた。


「猪里……」
隣で笑いを堪えている猪里に合点がいかないという表情で聞いてみた。
「お父さん、どこの人Yo?」
「イタリアと日本のハーフたい」
「いたりあ!?」
「結婚するまでイタリアにおったとよ。父さん養子なんばい」
「そーなのKa、オレ、すっげーびっくりしTa」
「ははっ、悪かね。虎鉄いつまで正座しとーと?膝くずしぃ」
親父サンの登場に思わず正座してしまったらしい。
「Ah……」
狼狽えながら足を炬燵に突っ込んだ。

「Na、お父さん、半分イタリア人の九州男児なのKa?」
「はあ?」
「猪里言ったJan!バレたら怖いっTe!」
猪里は思い出したのか、ちらとヒロ兄に視線を送り、人差し指を唇にあてた。
寝転がってテレビを見ている従兄を気にしているらしい。
声を顰めて聞いた。
「お父さんSa、そう見えないけDo、殴ったりすんNo?」
「いっちょん無かとよ」と涼しい顔。
「……ひょっとして嘘だったN?」
「ははっ、そういうこったい」
「猪里、酷ぇYo」
「あんましお前のがっついてきよるけん……ごめんな?」
猪里は悪戯を見つかった子供のような笑みを浮かべた。
その済まなそうな可愛い笑顔に怒る気力も失せて、溜息を付いた。

日もとっぷり暮れて、猪里の弟、兄、お祖父さんが帰ってきた。
弟は部活(サッカー部Da)、兄は予備校、お祖父さんは町内の寄合だった。
弟は中二で名を俊臣(としおみ)といい、父親に似て愛想がよく、やんちゃな印象を受けた。
お兄さんは匡臣(まさおみ)といい、高三でセンターを受けるという。
お父さんより若干背が高く(たぶん一宮先輩ぐらいDa)ハンサムだった。
黒髪は緩くウェーブがかかっていて、
ノーブルな顔立ちは少し近寄りがたい印象を受けたが、
話してみるとやはり打ち解けた風な博多弁で、アンバランスな魅力があった。
お祖父さんはやや難しそうな顔付きを緩めて、
「野球部で世話になっとぅち、聞いとぅよ」と言ってくれた。
猪里の凛々しい眉はお祖父さん似だNaと思った。
それぞれに挨拶をしていると(今日はたくさん挨拶しTa)
いつの間にか炬燵の上は和風、洋風織り交ぜた料理でいっぱいになっていた。

「なんもご馳走の無かばってん、うんとこさ食べんしゃいね。遠慮せんでね」とお母さんに言われて、
「いえほんと美味しそうで、目移りしちゃいまSu、遠慮なくいただきまSu」と箸を付けた。
猪里はよく食べる方だと思っていたが、兄と弟も負けないぐらいよく食べる。
お父さんは久しぶりに息子が三人揃って嬉しそうで、
お祖母さんやお母さん以上に世話を焼いていた。
猪里がスパゲティを皿に取り分けてくれたので食べてみた。
「美味Si……」
「やろ?」
お父さん手製のきのこのクリームパスタだと聞いて、更に関心してしまう。
「亭主関白でもないんだNa」
「まだ拘っとるん?」
「悪ぃかYo。オレここに来る途中も嬉しさ半分、怖さ半分だったんだZe」
「そげに気にしとるち思わんやったばい。お前意外と繊細ばいね」
「意外は余計だRo」
「男尊女卑でちゃ無かとよ」
お父さんとお母さんは並んで座って、至極仲が良さそうである。
焼酎を聞こし召して顔を赤くしたお父さんは、
「桃ちゃん、醤油ばとってくれんね」と言って、
「お客さん前で、そげに呼びなんな」とお母さんに膝をペシと叩かれていた。
「名前で呼ぶんDa」
「そうなんよね……いっつも怒られとぅとに」


ヒロ兄がフライドチキンを頬張りながら「タケ、明日試合やけん」と言ってきた。
「車でちょこっと話したやろ?」
思案顔の猪里に、ヒロ兄 は「虎鉄くんも来りゃよかったい」と提案した。
「2時に迎えに来っけん」
「俺、ちょこっと足の大きなったけん、スパイクの合わんごたる思う」
「俺の履けばよかやろ」と匡臣。
「俺も出たか!」と俊臣。
「トシのな?大丈夫かとな?」とヒロ兄。
「タケ兄も中学で出とったやろ、やったら俺でちゃ出れるばい!タケ兄よりうまかかも知れんばい!」
「トシのヘタクソが何ば言いよっとー」などと笑っている猪里に、
「野球の試合Ka?」と、聞いてみた。
何だか自分だけ話に付いていけてない。
「サッカーの試合のあるっちゃが……」
「サッカー?猪里Ga?」
「そうくさ、ばってん虎鉄見るだけやけん面白無かっちゃろうが」
「見るZe。楽しみDa☆」




夜は更けて、風呂にも入った。後は寝るだけである。
二階の八畳間に布団は5組敷かれた。
ビールに焼酎まで飲んだヒロ兄も泊まるらしい。
「なんか、修学旅行みてーだNa」
猪里の部屋で二人きりで寝るものと思っていたオレは肩を落とした。
「これでん少なか方たい。小さか時はもっと大勢泊まっとたとよ」
暗い部屋で並んだ布団に入り、小声で話す。
瞼が重くなってきて、猪里の手を手繰り寄せた。
その指にゆっくり口付けて、繋いだ手を布団の下に忍ばせ眠りに落ちた。