晦日の朝は快晴で、障子越しの朝日は柔らかだった。
目を覚ますと隣の布団はもう空だった。他の三人はまだ夢の中のようだ。
そーっと着替えて階段を下りると、猪里は炬燵で一人新聞を読んでいた。
「おはYo」
「虎鉄……」
猪里の表情は冴えない。
「お前、俺の布団に入って来んなや」
「え?」
「夜中に目の覚めたらお前の抱き付いとったけん、剥がすんにちかっぱ苦労したっつぇ」
「オレ、無意識でも猪里を求めてんだNa」
「こん阿呆、今度やったらもう知らんけんね」
「気を付けまSu。Ahーでも、無意識だからNaー」
「今夜はトシと替わってもらうばい。トシに抱き付けばよかとよ」
「猪里サン、ご無体Na……」








Kick off!








ヒロ兄は一旦自分の家に帰って、また昼過ぎにやって来た。
何故、野球では無くサッカーの試合なのかと聞くと、猪里は話してくれた。

父親がサッカー好きな為(何せイタリアの男Da)
小さな頃からサッカーに親しんできたらしい。近所に住む従兄弟達も同様に。
(親父サンは農業の傍ら少年サッカークラブの監督サンも務めてるんDa)
兄弟の内、猪里だけが野球もしてみたいと小学校からは二足の草鞋で頑張った。
中学からは流石にきつくて野球だけに絞ったが、
ヒロ兄の高校時代の先輩が草サッカーをやっていて、
頭数が足りない時はしょっちゅうマサ兄と猪里に声が掛かるらしい。
マサ兄は今日は予備校だとかで、試合には猪里とトシが出るそうだ。

庭で待っていると、猪里たちがユニフォームに着替えて出て来た。
ユニの色はシャツがスカイブルーでハーフパンツは白、
ストッキングがシャツと同色で色の白い猪里によく似合っている。

ぱっと目を見開いたオレの表情にイヤな予感がしたのか、
猪里は素早く車に乗り込んだ。後に続いて乗り、
「よく似合ってるJan」と声を掛けた。
本当はサッカーユニ姿があまりに格好良いというか可愛いというか、
抱き付きたくて堪らなかったのだけど。

隣からは「そう?」とだけ照れ臭そうな声が返ってきた。

球技場には季節柄色は悪かったが芝も敷きつめられていた。
相手側もこちら側も社会人や大学生が多く、
猪里とトシの二人が平均年齢を下げている様だった。(平均身長もDa)

ベンチに座って試合を眺める。
猪里はMF、トシはFWを任されキックオフと同時にボールが廻りだす。
サッカーはそれ程詳しくないが、フィールド上を見ていると猪里がかなり上手いのがよくわかった。
小柄ながら、一対一でボールを奪い合っても負けていない。
素早くボールをコントロールしてディフェンダーを翻弄する。
どこからパスを受けて、キープして出すか、クレバーに動きに緩急を付けて走っている。
バックからサイドから猪里のところにパスが送られてくる。
かなり年下にも係わらず、信頼されているんだNaと思った。
応援に来ている部員の彼女達も
「あの子ヒロくんの従弟なんげな、上手かね~」と感心している。
猪里の博多弁も可愛いGa、女の子のもまたいいもんだNa、と思っていると、
目が合ってお互い「こんにちは」と挨拶を交わした。
それからは「あの上手い子」の友人として話が弾んだ。
前半は0対0のまま終わった。

猪里は他の部員と戦略を練っている。
隣の奴が猪里の肩を抱くように話している。
スポーツマン同志よくある光景だ。(オレだってよくやるSa)
イラついて、「離れろYo」などと念を送ってみたりした。

それでも汗を拭きながらやって来て、
「退屈やったやろ?」と気を遣う猪里に口元も綻んでしまう。
ベンチコートを肩に掛けてやりながら、
「ぜんぜん!猪里、誰・よ・り・上手くて見惚れたZe」と耳元で囁くと、
「……ばぁーか、褒めすぎばい」と頬を染めた。

「褒めすぎじゃないZe。あれだけ上手いのは、すげぇ練習したんだよNa」

何時にない真面目な声が出てしまったらしい。
猪里ははっとしたような顔をしてオレを見た。

「猪里が野球選んでくれてよかっTa」と呟いた。

ベンチコートを放り、駆け出した猪里は冬空の下で綺麗に笑って言った。

「そうたい、ちょこっとサッカーにも未練のあるばってん、今は野球の一番たい!」



後半がスタートした。
何度かサイドや猪里からFWにパスが通ったが、得点には結びつかなかった。
おっつかっつで点は入りそうにないNaと思っていたら、
右サイドからのクロスをトシがヘディングでゴールに叩き込んだ。
猪里は駆け寄って、すごく嬉しそうにトシの頭をガシガシ撫でた。

そして終了間際、相手側の反則からフリーキックを貰い、ボールが置かれると、
猪里ともう一人がその後方に立った。
オレが立つ場所から猪里の姿がよく見える。
バッターボックスに立つ時と同じ真剣な表情だ。
猪里の体が前方に少し傾いたかと思うと、助走を付けて右足で蹴った。
ボールは伸び上がる壁の頭上を掠め、バシッと小気味良い音を立て、ゴールネットを揺らした。

点を奪われることなく、結局2対0で勝った。
ゲーム終了の笛が鳴ると、
トシが満面の笑顔で猪里に飛び付き、
その二人をイレブンが撫でたり小突いたりして行った。
オレもサッカー囓っときゃよかったNa、と独り言ちた。

ヒロ兄に「タケとトシのおかげやけん、ラーメンば奢っちゃろ。虎鉄くんもな」と言われ、
猪里とトシは顔を見合わせ「やりぃ」と喜んでいる。



猪里達が着替えた後、ヒロ兄の車で行きつけのラーメン屋に連れて行って貰った。
暖かな湯気が顔に立ち上り、麺を啜ると冷えていた体はじわりと温まっていった。
猪里とトシは替え玉という麺のおかわりもして、相変わらずの食欲だ。
「スゲー旨いNa」
「そうやろー」と自慢げな笑顔。
本場のとんこつラーメンを賞味することが出来て、小腹も満たされ家に帰りつくとそろそろ夕飯だった。
トシと猪里はまた旺盛な食欲を見せ、オレを呆れさせた。