白いカッターシャツをはためかす風に、秋の冷たさを感じる。

部活はハードで疲れた。

---3年共が引退したから精神的には前より楽Da。

いつもの帰り道から一本脇に入った道に、
その公園はあった。
小さな公園で、滑り台とブランコとベンチしか無かった。

虎鉄は、そのベンチに猪里を誘って、自販機で買ったポカリのプルタブを開けた。








一枚の写真を巡る顛末(改)








走って走ってやっとの思いで捕まえて告白して、
O.Kの返事を貰ってから1週間経っていた。
虎鉄は猪里に聞いてみた。
なんとなく、気になっていたから。

「なあ、オレが猪里に気があるの、なんでわかったんDa?
 なんか、自信あったっぽかったJaん?」

---『其奴もな、お前と同じ気持ちかもしれなかよ』と言った猪里の表情は、
    今思い返すと、ちょっとオレに謎を掛けているみたいな、
    なんかそんなカンジだったんDa。

「ああ、あれね。もう良いやん?」
「よくないでSu」

「はぁ……しちこか男たい」
と溜息をつき猪里は話始めた。

「夏休み前、覚えとらん?」


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「猪里くん!」

「虎鉄見ましたかしら?(問)」
「見らんよ。どげんしたと?」
「アイツ写真をくすねたんですの!ったく油断も隙も無いですわ!(怒)
 机の上に並べて整理してましたら、『コレくRe』って、良いとも言ってませんのに!(呪)
 あれは今日これから部で必要なんですの(焦)
 全部揃ってないと私が先輩に叱られてしまいますのよ!あの馬鹿!(憤怒)」
「写真?」
「そうですの。先日、部活中にお邪魔して撮ったものですわ(確)」
 地区予選に向けての特集用なんですけれど、1年生も撮ったんですの(説)」
長戸もスポーツバックを抱えて来た。
「アイツ全部持ってっちゃったの?」
「一枚ですけれど、とっても可愛く撮れてますのよ!(萌)
 自信作なのですわ(自惚)」

長戸は「可愛い」という思い掛けない形容詞に一瞬顔を顰めるが、口には出さなかった。
「自分の写真欲しがるなんて、虎鉄らしいよな~。
 見かけたら、すぐ返せって言っといてやるよ」
そして、またあとでな~と言うように、猪里に目配せすると行ってしまった。

梅星は遠ざかって行く長戸の背中を見ながら、小さく「ふぅ」と溜息をついた。
「長戸くんったら、私、虎鉄の写真だとは言ってませんのに(早計)」

そして猪里の方に向き直り、形の良い目を細め、囁いた。
「虎鉄は……猪里くんの写真を持って行ったのですわ(暴露)」

「え?俺の?」

「そうですわ。近いうちに焼き増しして差し上げますわよ(親切)
 虎鉄が思わずポケットに入れたくなるような写真ですもの(悦)」

「何にするとやろう……? 丑の刻参りとか?」
「そげんワケなかよなぁ」と笑おうとしたがその笑顔は少々引きつってしまった。

梅星は今度は大きく「はあ」と溜息をついた。
その顔には、『なんて鈍いんですの(呆)』と書いてある。
「猪里君ご存じでしょうけど、私、虎鉄とは同じ中学でしたのよ。
 今は同じクラスですけれど!(迷惑)
 言っておきますけれど、あやつは手が早いんですの。
 猪里君、気をつけた方がよろしくてよ?(忠告)」

「ええ?」

その時、梅星が廊下の先を見据えて叫んだ。
「あ、ちょっと、お待ちなさい! 虎鉄!(怒)」

その視線の先には問題の人物がいて、
「Ge!梅!」と小さく呻いて走り去ろうとしていた。
「後で焼き増ししてあげますわよ! お待ちなさいってば!(懇願)」と叫ぶも、
虎鉄は聞く耳を持たないようである。

梅星はスカートの裾を翻し、駆け出した。
「失礼しますわ、猪里くん」と慌てたように言いながら。


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「……てなことがあったやろ?
 お前、俺の写真くすねたっちゃろ?」
「……やっぱりNa、写真だと思ったZe……それにしても、梅の奴!」
「手癖の悪かお前の悪か」
「何もそこまでベラベラ喋るこたあNeーじゃねーKa!
 手が早いって、何だYo!あること無いこと……!」
「あることやろが」
「そ、そりゃ、全く無いとは……
 どうでもEーじゃん!昔のことだしYo」
昔ってお前まだ15やろが……とツッコミたくなったが虎鉄の声に遮られた。

「……待てYo?」
「うん?」
「おかCーだろGa!」
「どこが?」
「猪里、写真オレのだって、後で梅星から聞かなかったKa?」
「あー……」
「部活始まるちょい前に、聞いただRo?」

「そうやね、たしか聞いたばい」


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猪里は、一人部活に向かいながら、考えていた。
梅星との遣り取りを。

---なして虎鉄は、俺の写真げな持って行ったと?
 
なぜ?なんの為に?

---かわゆー撮れとったっち言うとったな……
   女子やあるまいし……可愛いげな……こそばいか……
   思わずポケットに入れとうなる写真?
   どげな?
   部活の時の写真やんな?

---虎鉄は手が早い?
   うん、そうやろな……100%同意するばい。
   やけんってなして俺が気をつけんばいかんと?

---虎鉄は男で、俺も男やん?
   なして?
   なしてそげな話になるとや?

困惑しながら歩いていると、梅星に出会った。

「猪里くん、先程はお騒がせしましたわ(謝)」
「あ?うん」
「写真ですけれど……(伺)」
「虎鉄、見つかった?」
「ええ、おほほ、それが、私としたことが、間違えてましたの!」
「えっ?」
「猪里くんの写真だと思ってたのですけど、虎鉄のだったんですの!(汗)」
「……虎鉄の?」
「ええ!そうですの!虎鉄が虎鉄の写真をくすねただけですの!(嘘)」
「そうやったと?」
「写真も、先ほど奪い返しましたわ!安心なさって!」
「あ、うん」
「ですから、先ほどの、手が早いとか何とかは、
 聞かなかったということで……
 猪里くん、よろしいかしら?(尋)」
「そうやんなあ!おかしな話になっとるなっち思うとったとよ!」
「おほほ、私としたことが……申し訳ありませんわ(謝)」


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「やっぱ、聞いてんじゃねーKa」
「そうやね」
「なんDe?」
「うん?」
「なんDe、スルーすんだYo?梅星が『虎鉄の写真だった』って言っただRo?
 オレ、頼み込んだんだからNa!」
「え?お前、頼んだとか?」
「SoーだYo?土下座するイキオイでNa」
「土下座……」
「『抜かりなくお伝えしましたわよ?(確)』って言ってたしYo、
 『この私に嘘をつかせた代償は大きいですわよ?(脅)』
 なんて言いやがってYo、バカ高ぇアイス奢らされんだZe?」
「ははは!奢らされたとか!」
「それも、報道部の部室まで届けさせやがったんだZe?!」
「……無駄骨やったねぇ」
「無駄?なんでだYo?」
「梅星さんの嘘は、確かちょっと後……2、3日後にはバレたっちゃんね」
「えっ?どーいうことだYo?!」

「それはな……」


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3日ほど経って、
梅星から写真を数枚渡された。
「ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして(微笑)」
猪里一人で写っている写真が一枚あった。

「ああ、これ?」

天地神命に誓って、鎌をかけてやろうとした訳ではない。
間違えられた写真はこれか?と聞いただけである。

しかし、梅星は引っ掛かった。

「ええ、そうですわ、可愛く撮れてますでしょ?(嬉)」
「え?そーかいな?」

「そうですわ!だって、こて、」

最後まで言わずに、息を呑んでいた。
しかし、はっきりと聞こえた。

---こて……虎鉄?

思わず写真から目を上げると、
梅星は、あ、しまった!という表情をした。
だから、つい、言葉尻をとった。

「こて?」
「あ、あら?(焦)」

梅星の目線が不自然に泳いだ。

それで充分だった。


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猪里は、あの時の梅星の顔を思い出してくすりと笑う。

「……嘘だRo……?」
「ホントばい」
「『報道に携わるこの私に嘘をつかせるなんて、アナタって人は!(責)
 って、オレさんざんだったんだZe?!
 アイツ何してくれてんだYo?!オレ、頼んだ意味なかったじゃねーKa?!」
「あはは」
笑ってしまったけれど、虎鉄の気持ちはよくわかる。
マズイ相手に秘密を握られてしまっては、たまったものではない。

「泥棒は嘘つきの始まりやったっちゅーことやろ?」
「……それ、逆だよNe、嘘つきはドロボーの始まり」
「お前の場合は、盗ったけん嘘つかないかんごとなったとやろ?」
「しょーがないだろうがYo……
 梅星に気づかれたのはもう諦めるとして、お前にだけは、知られたくなかったんだYo……」
虎鉄はしゅんと俯いた。
どうしても、なんとしても、気づかれたくなかったのだろう。
そうやって、溢れ出そうな気持ちに蓋をして、
過ごして行く心算だったのだろう。